囲碁が「会話そのもの」である理由。
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記事:柳澤理志(ライティングゼミ6月コース)
「囲碁ってオセロ?」
と小学校の頃の友達に聞かれたことがある。5歳の頃から囲碁に親しんできた私にとっては、みんなこれほどまでに囲碁を知らないのか……とショックを受けた一言だった。もちろん、囲碁は囲碁であって、オセロとは全く違うゲームである。実際やったことはなくても、その存在自体はなんとなく知っている人は多いが、なんか、白と黒の地味なやつ、というアバウトな認識の人が多いのかもしれない。
囲碁は、ときどき波平さんが縁側でやっていたり、大河ドラマで対局シーンが出てきたりするので、テレビでチラリと目にしたことはあるかもしれない。日曜日のお昼にNHKで、大きな盤面を使って男女のプロ棋士が解説している姿も、1回くらい見たことはあるのではないか。
私と同世代の20代後半~30代の方は、「ヒカルの碁」という漫画が子供の頃に流行ったので、それで知っている人もあるかもしれない。しかし、世の中のほとんどの人が、自分の人生に囲碁は縁がないと思っていることだろう。日常にないものであり、とても遠い存在に感じている。
しかしながら、実は皆さんの最も身近にあると言ってもいい「言語」に近いものが囲碁なのである。その理由を説明しよう。
例えば世界の囲碁人口は、約3800万人いると言われている。日本の伝統文化のイメージも強いが、すでに世界中にこれだけの愛好者がいるのである。世界アマチュア選手権を行えば、70近い国と地域からの参加者がある。その場では当然あらゆる言語が飛び交うが、唯一全員に共通しているのが囲碁。このたった1つの共通言語によって、あらゆる人と交流できる。異国の地で同じ言語を話す人に出会ったら、一瞬で仲間意識が芽生えるのではないだろうか? 囲碁をやる人同士が出会ったときも、それと全く同じ感覚なので、仲良くなるのも早い。
想像してみてほしい。周りに外国人しかいなくても、囲碁を知っていれば一瞬で共通の話題が生まれるかもしれない。言葉が通じなくても、盤上で石を打ちながら対局することで、感情や思考を共有することができるのである。囲碁を通じたコミュニケーションは、言葉を超えた絆を築く手段となり得るのだ。言語とは、それによって人と関係性を作るための道具。囲碁も、その役割を果たすことができるというわけだ。
囲碁は、とてもシンプルであり、奥が深いゲームである。あまりにシンプル過ぎて、知らない人が見ると何をやっているか全くわからないというデメリットがある。例えば将棋は、お互いの駒が向かい合って配置されている。全部の駒に名前がついていて、役割がある。敵陣に攻め込んでいって、先に王を取った方が勝ちだ。誰が見てもどうなれば良いのかがわかる。囲碁にはそれがない。どうなったら良いのかが、全然わからない。しかしそのシンプルさゆえに、盤上にはプレイヤーの考え、その人の色が出るのである。表面上には出ていない相手の性格までもが伝わってくることもある。もはや盤上は自己表現の場と言っても良い。
実は古い言葉で、囲碁の別名を「手談(しゅだん)」という。読んで字のごとく、手で会話するという意味だ。つまり昔の人にも、囲碁はコミュニケーションそのものだという感覚があったということを意味している。囲碁は一人ではできない。必ず相手とのキャッチボールだ。囲碁を打つことは、単なる勝敗を競うだけではないのである。
言語には「若者言葉」というものがあるが、1世代違うだけで、全然会話が通じなくなることがある。流行り言葉を使おうとしたら、すでにその言葉は古く、あっという間におじさん認定されるという恐怖もあるくらい、移り変わりは早い。私は長野県出身で、今名古屋市に住んでいるが、むかし生粋の名古屋訛りのおばあさんに出会ったとき、ビックリするくらい何一つ聞き取れなかった。上の世代に対しても下の世代に対しても、同じ日本人同士なのに日本語が通じないという事態が発生することがあるのだ。
しかし今、私は幼稚園児からご高齢の方まで、男性も女性も、あらゆる世代、幅広い地域の方と、囲碁を通じての交流がある。そういった意味では、もはや言語以上のコミュニケーションツールと言っても過言ではないのかもしれない。
ところで近年のAI技術の発達により、囲碁ももうプロ棋士がコンピュータプログラムに勝てなくなった。それはもう恐ろしいくらいに、完膚なきまでに勝てない。もはやその驚きも薄れ、AIから教わることは当たり前の時代である。計算機に計算勝負を挑むことをしないように、車と走って競争したりしないように、もはやAIは勝負の対象ではなくなっている。
そもそもAIと対局しても、あまり面白味がない。まさに機械的に打ってくるばかりであり、まったく会話している感覚がないのである。どれだけ優れた言語生成AIが生まれても、人と人は会話することをやめないだろう。それと同じように、囲碁も人と人とが対戦することの喜びが失われることはないのである。
盤上に石を配置する単純な行為の背後には、相手に対する心情や意図が込められている。これを踏まえてもう一度言おう。囲碁とは会話なのである。
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