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引きこもりだった親子にばあちゃんがくれた種火のような言葉


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記事:パナ子(ライティング実践教室)
 
 
本当にしんどい時に掛けられた温かい言葉というのは、その問題が解決したあとでさえじんわりと心の種火としていつまでもそこに存在する。
 
ちょうど昨年の今頃、まだ我が家は暗いトンネルの中をさまよっていた。
というのも、小学校へ入学したばかりの長男が大きな理由もなく登校できなくなり、親子で引きこもっていたからだ。
 
1年生ならではの黄色いカバーをつけたランドセルの群れが、母親なんかに付き添われながらもワイワイ登下校する姿が目に入るのも辛く、どうしようもなく気分が塞いだ。
ダメだ、もうこの家にいたくない。
 
わりかし早くに母を亡くした分、ばあちゃんとの距離が近かった私はすがる思いで電話した。
「ばあちゃん? 子供たち連れてしばらく帰ってもいい?」
「よかよ! いつでも来んね」
齢97才のばあちゃんにあまり負担をかけたくはないという心苦しさはあったものの、ばあちゃんは事情を聞くと、二つ返事でOKをくれた。
 
早速荷物をまとめてばあちゃんちに向かう。それは高速で二時間の逃避行だった。今この現実から目を背けるように私は必死で車を走らせた。
 
家に着くと、玄関先まで出迎えてくれたばあちゃんは、私と子供の顔を確認すると「よう来たね」とニカッと笑った。
 
ばあちゃんは苦労人だ。
5人兄弟の長女で、農業を営む両親に代わって、年の離れた弟をおんぶしながら家のことを切り盛りした。結婚してからは姑、小姑に気を遣いながらの3世帯共同生活。
今でこそ丸くなったじいちゃんは、当時すぐに沸騰するヤカンみたいな性格だったらしく、それも含めてばあちゃんにとってはキツイ結婚生活だったろうと推測する。
 
じいちゃんの転勤をきっかけに、ばあちゃんは鬱を発症。離島暮らしになり船で移動する際(いま海に飛び込めば死ねるかな)と考えたこともあったそうだ。
 
傍から見たら結構ハードモードな人生だ。
でも私が物心つく頃から、ばあちゃんはニカッと強気な笑顔を見せ、いつも元気に家の仕事や畑仕事に精を出した。
一度ばあちゃんに何でそんなに元気なのかと問うたら「私たちは小さいときから粗食やけん、余計なもんを食べとらんでしょうが。畑仕事で足腰も鍛えられたしね」と言った。
孫の私から見てばあちゃんがもう一つ持っているのは「必ずよくなる」と信じて疑わない強い心だ。
 
そんなばあちゃんが号泣するのを、一度だけ見たことがある。
私の母が亡くなった時だ。
 
長い闘病生活が終わりを迎える頃まで、ばあちゃんはいつも近くの神社に出向いては、嫁である母の回復を願ってお参りをしてくれた。
 
「ばあちゃんが毎日ちゃんとお参りしとるけん。大丈夫、大丈夫」
もう誰もが死期が近いことはわかっていたが、ばあちゃんはいつも励ましの言葉だけをかけてくれた。それにどれほど救われたかわからない。
 
いよいよ母が死んで通夜になった時、駆け付けてきたばあちゃんは棺に入った母の顔を見るなり、まるで子供が泣くみたいに両手で顔を覆って「わーん!!」と泣いた。いつも歯を見せてニカッと笑う強気のばあちゃんがそんな風に泣くのを初めて見た。
周囲に強気な姿勢を持ちつつも、ばあちゃんも本当は緊張の糸がピンと張り詰めたままで頑張ってくれていたのかと思うと泣けた。
 
そんな人間味あふれるばあちゃんちに避難して、私たちはとことんのんびり過ごした。
 
田舎特有のだだっ広い家でうるさく走り回る兄弟を、ニコニコしながら見守るばあちゃん。
縁側に置いてある年季の入った足ふみミシンのカバーを外すと子供たちを呼んだ。
「なんか、作ってやろうか。どの生地がよかね?」
ばあちゃんはサクサクと作業を進め、あっという間に合計7、8個の可愛い巾着袋や手提げ袋を作ってくれた。
そして、ばあちゃんは長男に、庭で飼っているメダカの世話を教えてくれたりもした。
 
とにかく不登校の事は忘れて、毎日元気に過ごすことだけを考えていればいい生活は、本当の意味で休息を与えてくれた。長男も来た時よりぐんと顔色がよくなった気がした。
 
まだこの居心地のいい家で過ごしたいのはやまやまだったが、無期限に自宅を空けるわけにもいかず、いったん帰宅することにした。
 
帰宅する日の当日、全ての荷物を積み込み後は私たちが乗り込むという段になって、恒例の握手をした。いつも帰るときは「ありがとう、また来るね」の意味を込めてじいちゃんやばあちゃんと握手をするのだ。
 
ばあちゃんと握手した時だった。
ばあちゃんは私の耳元にぐっと近づくと子供たちに聞こえないくらいの小さな声で
「(長男は)目に元気がある。心配せんでよか」と言った。
 
この家に来てから一度たりともその話題には触れなかったのに、ばあちゃんはずっと長男の様子を見てくれていたのだ。
 
ばあちゃんが長男の未来を信じているということが嬉しくて言葉に詰まった。なんとか「……うん」と絞り出すと、今度は私の方はまるで見ずに、玄関先ではしゃぐ子供たちに目を細めながら「また来んね」と言うと二カッと笑った。
 
なんなん、もう。
ばあちゃん、かっこよすぎるやん。
ばあちゃんの深い愛情をしっかりと受け止めながら私はこっそり涙を拭った。
 
あれから約一年が経ち、長男は元気に学校に行けるようになった。たくさんの人の励ましやフォローがあってどれひとつをとっても私たち親子には欠かせなかったものだ。
 
なかでも、あの時のばあちゃんの言葉はずっしりと重くなってしまっていた心に一筋の光を当ててくれた。
たくさんの苦労をしたうえで、それでも逞しく生き抜いてきたからこそ、ばあちゃんの言葉が刺さった。あの言葉で本当に大丈夫なような気がしたのだ。魔法の言葉だった。
 
「もういつ死んでもよかよ」
もう色々とやり切った感のあるばあちゃんは時々そんなことを口にする。
冗談じゃない。私はそんなこと1ミリだって考えたくない。
でも、ばあちゃんも、もう97才。人は誰しも寿命があるのだからいつかきっとそんな時が来てしまうのだろう。とても切ないけど抗えない事実だ。
 
だからこそ、ばあちゃんが点けてくれた種火をずっと大事に育てておこうと思う。きっとその種火は、何かにくじけそうになった時また私に力をくれるはずだから。
 
 
 
 
***
 
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2023-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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