自称プリンセスの小さな反乱
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:前田三佳(ライティング実践教室)
「みんな、だいっきらい!!」
もうすぐ5歳になる孫は泣きじゃくりながらホテルのバスルームに駆け込んだ。
ひょっとしたらバスタブには湯が張られたままかもしれない。
私は慌てて彼女の後を追った。
昨日私たち家族は夢と魔法の王国にいた。
それなのに、なんてことだろう!
夢のように楽しい思い出はマジックのように消えてしまうのか?
娘2人、孫2人と私たち夫婦の6人連れで1年ぶりに実現した小旅行。
ディズニーシーを楽しんだ後、近くのホテルに1泊する計画に「バアバ」である私も胸を躍らせていた。
孫は「わたしプリンセスなの」が口癖だが、木登りが得意で末はボルダリングの日本代表になりそうな予感さえする。
それでいてお姫さま願望は強いのでドレスやキラキラするアクセサリーが大好きな
プリンセスとお猿のジョージが同居したような女の子である。
その日もフワフワのチュールレースが付いたピンクのドレスで走り回っていた。
彼女のお気に入りは小さな縫いぐるみのミニーちゃんだ。
TDSで「ほんもののミニーちゃん」に優しく抱きしめてもらった時の幸せそうな表情は忘れられない。気づいたら私もジイジも涙していた。
おとなも子どもも誰もが夢を見たがるあの国では、行列は必至である。
その後並んだアトラクションでは自称プリンセスもさすがに飽きて、行列を区切る手すりに小猿のようにまたがっていた。4歳児に「じっとしていなさい」などど言う方が無理というもの。なかば諦め私たちは見守っていた。
その時、通りかかったキャストのお姉さんが孫にささやいた。
「プリンセス、お行儀良くなさいませ」
とたんに孫はプリンセスにもどった。
さすがは夢の国。子どもの夢をこわさずウィットに富んだ注意をしてくれたのだ。
何度行ってもそのホスピタリティに感動してしまう。
いくつかのアトラクションやショーを楽しみ日も暮れた頃、事件は起きた。
「ミニーちゃんがいない!」
お気に入りの小さなミニーちゃんはいつのまにか旅に出ていた、いやどこかに置き忘れたのだ。
それから半べそ顔の孫のために私たちはキャストの方に聞いてまわった。
なんでもエントランス近くに落とし物センターがあり届いているかもしれないという。
娘は帰る時にそこに立ち寄り、もし無ければ諦めるよう孫を説得した。
孫はようやく納得したが、正直私はみつからなければ新しいのを買ってあげるつもりでいた。
最後に立ち寄った落とし物センターでは受付の女性が丁寧に聞き取りして調べてくれた。
すると、何とあのミニーちゃんが届いているという。特徴もぴったりだ。
だが届いた先は遠く離れたポートディスカバリー。朝から1日中歩き回りおそらく1万歩以上は歩いただろう。私はとてもミニーちゃんを迎えにいく気はしなかった。
だが娘は言った。
「いい? ママがミニーちゃんをこれから迎えに行ってくるから、ここでジイジバアバと待っているのよ。わかった?」
「うん、わかった」
帰る人波をかき分けて鬼のように突き進んだ娘は、30分もたたないうちにミニーちゃんと共に戻ってきた。
新しいミニーちゃんを買う方がずっと簡単だったのに、脇目もふらず行動した娘に感心し我が身を振り返った。
私が幼い娘たちの親であった時、そんな行動ができていたのかまったく自信が無い。
「ママありがとう!!」
孫はまたテンションマックスとなり、めでたしめでたし、のはずだった。
翌朝、ホテルの部屋で再び事件は起きた。
幼い兄弟姉妹をもつ親なら誰もが経験する「仁義なきおもちゃの争奪戦」だ。
昨日、捜索願が出てやっとプリンセスの元に帰ったミニーちゃんだが、今度は妹(1歳)に耳を引っ張られている。
1歳児に容赦はない。それを見たプリンセスがとうとう怒りだし抗争は激化した。
「少しだけ貸してあげなさい! 仲良く遊ぶ約束でしょ」という娘の声と子どもたちの争う声。
哀れミニーちゃんは二人の間で手足を引っ張られて、心なしか顔が引きつっている。
「もう! 要らないもん!」絶対に手を離そうとしない妹から力づくで奪い返し、プリンセスはミニーちゃんを床へ投げつけた。
さあ大変。この騒ぎにじっと耐えていたジイジ(68歳 私の夫)がキレた。
「いい加減にしなさい! 投げるとは何事だ!!」
いつもは優しいジイジの大きな怒鳴り声に、プリンセスはびっくりして泣きながらバスルームに逃げ込んだのだ。
彼女としてはやっと戻ってきたお気に入りを妹に取られ、悔しかったに違いない。
さらに母親に注意され、ジイジにまで聞いたことのない怖い声で怒られた。
「みんな、だいっきらい!!」と言いたくなる気持ちもわかる。
バスルームで中から鍵をかけられたり、誤ってバスタブに落ちたりしたら……。
とっさに私は後を追ったので最悪の事態は免れることができたが、プリンセスは
激しくしゃくり上げるばかりで、バアバはとりつく島もなかった。
結局泣き疲れた孫を落ち着かせ、朝食に連れ出したのはやはり娘だった。
朝食の「キッズビュッフェ」で孫のテンションは再び上がり機嫌も直った。
しかしジイジに対する態度は明らかにつれないものとなってしまった。
かたちばかりのハイタッチをして孫たちと私たち夫婦は別々の帰路についた。
夫は「あれでいいんだ。誰かが叱らないでどうする」と言いながら少し寂しそうだった。
それから私は児童精神科医佐々木正美さんの「この子はこの子のままでいいと思える本」を読んで夫と話し合った。
驚いた。昭和世代の子育てと現代の子育ての常識はまったく違っている。
母(私)は優しく父(夫)は厳しく叱ることでバランスの取れた躾をしたと思っていたが
この本によると「子どもの躾でもっとも重要なことは、自尊心を傷つけないこと」だそうだ。
間違っていたらあくまでも穏やかにそうではないよと教え、ギャーギャー泣いていたら抱きしめてあげる。「自分で自分を律することができる心を育てるのが大事」だという。
今頃こんな育児書に感心している間抜けな親だが、幸いにも娘たちは素直に育ってくれた。
そして反面教師なのか長女は自分の娘たちを決して叱らず、いつも辛抱強く説得する親となった。
老いては子に従えとは言うが、子育てまで子に教わる日がくるとは……。
1日経ち夫も怒鳴ったことを反省していた。本当は彼自身も傷ついたのかもしれない。
「ジイジ、怒ったりして悪かったって謝ればいいじゃない?」夫は照れた顔で頷いた。
ちょうど今月末は孫の5歳の誕生日だ。
「ケーキを持って謝りにいくとするか」
はたしてプリンセスは笑って許してくれるだろうか?
***
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