年寄りが多い温泉は危険がいっぱい!
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記事:ともとも(ライティング・ゼミ12月コース)
「あんた、何でこんなところにタオルを置くの! そんなところに置いたら、誰のタオルだか分らなくなるだろ! 何度言ったら分かるん?」
ある温泉の脱衣場で、一人のおばあちゃんが連れのおばあちゃんに大声で怒鳴っていた。
ここは長野県。高齢者の割合が多い県である。何と75歳以上のお年寄りが、人口の約19%を占めている(長野県のホームページ調べ)。そのため温泉に行くと、必ずと言っていいほどお年寄りと一緒になるのだ。
今回来た温泉もそうだった。この施設は源泉かけ流しで、75歳以上には入館料の割引がある。無料の休憩スペースでは、食べ物の持ち込みも可能なので、お年寄りには大人気だ。しかしお年寄りは耳が遠い方が多いせいか、内風呂でも露天風呂でも大声で話をするため、とても騒々しい。温泉に癒されに来ていた私は、よっぽど「静かにして」と注意しようかと思ったが、注意したところで耳が遠いのだから、また騒々しくなるだろうと諦め、しばらく話を聞いてみることにした。
年寄り同士の話はだいたい同じだ。内容はもっぱら病気の話である。あそこが痛かったの、ここが痛かったの、あの人はいつ入院して病状はどんなだったの、と話に花が咲いている。そして話はどんどん進み「どうしたらボケずに生きていけるか」という話になっていた。
年をとると、みんな物忘れをするようになる。それは体力が衰えるのと同じで脳だって衰えるのだから、もちろん仕方のないことなのだが、実は共通のお悩みになっているらしい。
「やっぱり頭使わねえと、どんどんボケるだな」
「んだな、おらたちゃ全然頭使わねえもんな、ボケる一方だわな、わっはっは!」(おばあちゃんだけど、自分のことを「おら」と言っていた)
自分のボケを笑い飛ばすなんて、明るいな~と感心してしまった。明るいお年寄りの話を聞いていると、なぜだか元気が出る。
しかしこのお年寄りグループにはリーダー格のおばあちゃんがいて、半分ボケているメンバーにテキパキと指示をしていた。
「あんた、何でこんなところにタオルを置くの!」という怒鳴り声は、このリーダーから発せられた一言だった。
おばあちゃんたちがお風呂から上がって、脱衣場で体を拭いて身支度をしていたのだが、タオルをポイっとその辺に置きっぱなしにしたのを、リーダーが注意していた。どうやらおばあちゃんたちは、タオルをその辺に置いたまま忘れてしまうようなのだ。
「この前もあんた、タオルを風呂場に忘れたと言っとったじゃろうが!」
リーダーも大変だな、自分だってお年寄りなのに、他のみんなの持ち物に気を配って、えらいな……と聞いていると、強く注意されたおばあちゃんが泣きそうになってしまった。
するとリーダーが、
「おらはね、怒りたくて怒ってるんじゃないんだよ、おらは威張ってるんじゃなくて、みんなを注意してるんだよ!!」
と言っているそばから、「あ、あんたは自分のタオルをどこに置いた?」と今度は別のおばあちゃんのタオルの心配をしている。口を動かしながらも周りに目を光らせる、さすがリーダー、大したものである。
そのように、次から次へとタオルを置き忘れるおばあちゃんたちと、それを指摘して片付けをさせるリーダー。この追いかけっこを見ていたら、失礼ながら思わず笑いそうになってしまった。口調は厳しいが、このリーダーがいなかったら、この脱衣場は置き忘れタオルの山ができていたにちがいない。
それから数分後、別のおばあちゃんが脱衣場を走り回っていた小さい女の子の腕を突然つかみ、
「何やってんだこらァ!」
と頭から怒鳴りつけた。その女の子の目には恐怖が浮かんだ。そして
「うわ~~ん!!」
と大泣きを始めた。まあ無理もない話である。そしてそれを聞きつけた母親が飛んできた。怒鳴ったおばあちゃんは、その母親の顔を見て初めて知らない人であることを理解したらしく、
「ああ、ごめんね、うちの孫だと思って……」と言って自分の間違いにケラケラ笑っている。
私は半分呆れてそのやりとりを見ていた。大泣きしている女の子と、怒っておばあちゃんをにらみつけている母親、そして当の本人は大して悪びれもせず、笑っているのだ。ボケたおばあちゃんじゃなければ、母親は掴みかかっていたかもしれない。一触即発の危機である。温泉の脱衣場とは、なんて危ないところだろう!
私はその様子を見ながらうっかり油断して、自分の温泉用バッグを木のベンチの上に置きっぱなしにしたまま、バッグから目を離してしまった。
すると一人のおばあちゃんが私の布製の温泉バッグをひっつかみ、自分の方に引き寄せた。そしておもむろに尻の下に持ってきて、スッポンポンのまま皴だらけのお尻で今まさに座ろうとしているではないか!
「ぎゃーーーーーーーーー!!!!!!」
思わず私は悲鳴を上げ、座布団と間違えられた自分のバッグを引ったくった。
おかげでスッポンポンのお尻を間一髪で乗せられずに済んだのだが、そのかわりおばあちゃんは、そのまま冷たい木のベンチに「ぺしょっ」と座ってしまった。
予期せず冷たいベンチに座ってしまったことで「怒られるかな?」と思わず身構えた。しかしそのおばあちゃんは特に冷たがる様子もなく、文句を言うわけでもなく(言われる筋合いもないが)、何事もなかったかのように座って体を拭いていた。
今のは何だったんだ? あー危ない! おばあちゃんの予測がつかない動きに、私は見事に翻弄されたのだった。
さてこのように、お年寄りが多い地方の温泉の脱衣場は、危険がいっぱいだ。いつどんな恐ろしい目に遭うか分からない。けれども私は脱衣場を出た後、おかしくて腹を抱えて笑ってしまった。お年寄りは最高に面白い!
***
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