「何もない町」だと、地元の人は言うけれど
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記事:カキウチサチコ(ライティング・ゼミ2月コース)
「何もない町でしょ? 困らない?」地元の人からときどき言われる言葉だ。
私はいま、人口3万人ちょっとの田舎町に住んでいる。この町に暮らしはじめて10年近くが経つ。転職を機に、会社まで車で5分もかからない場所へ移り住んだ。住宅補助は出るし通勤時間が短くなったので、一石二鳥だ。
地元の人と何度か似たような会話を交わすうちに気づいた。どうやら「生活するのに不便でしょ?」の意味で「何もない」を使っているようだ。
たしかに、電車の便は1時間に数本あるかないか。自家用車がないと移動に苦労する。飲食店は少ないし、しかも早々に閉まる。仕事が終わる夕方以降の外食は選択肢が限られている。大きな買い物や映画鑑賞、本を買うには隣町まで行かなくてはならない。
しかし、スーパーやドラッグストアは夜まで開いているし、コンビニもある。30分ほど車を走らせれば隣町の中心部に着き、たいていのものは手に入る。それでもダメなら通販を利用すればよい。日本の物流のしくみは世界でもトップレベルだ。田舎暮らしでも、ワンクリックで購入した商品は数日あれば手元に届く。私からすると、この町で生活に不自由することはほぼない。
地元の人が言う「何もない」は、見方を変えると「豊かさがある」だと思う。そして、外から来た人の方が、豊かさへの感度は高い。
知り合いで移住者のMさんと話していたときの出来事だ。この町の好きなところを聞いてみると、意外すぎる答えが返ってきた。
「『高速道路の降り口』が、いちばん好きなんです」
お気に入りのお店や観光地について聞けると思っていた私の予想はあっけなく裏切られた。どういう意味だろう? 真意を尋ねてみる。
Mさんは4年前に大阪からやってきた。移住先の候補地だったこの町にはじめて車で訪れたとき、高速道路を降りる際の景色に心が躍ったそうだ。
この町の高速道路降り口は少し郊外にある。正面には大きな空、穏やかな瀬戸内の海、そして街並みの広がる風景が目に飛び込む。交通量が少ないため、料金所で待つ必要はない。自身の運転する車が1台、見晴らしのよい坂道を少し蛇行しながら下っていく。車はスーッと町に吸い込まれ、Mさんは受け入れられた感じがしたらしい。この経験が、移住地を決める決定打となったそうだ。
「えっ? 高速道路を降りたところで移住を決めたの?」
不思議な話ではあったが、少しだけ納得もできる。
都会の高速道路とは環境がまったく違うからだ。都会では高速道路を降りたら、ほとんどが無機質で人工的な道路やコンクリートばかりが目につくだろう。交通量が多く渋滞する場合もある。この町の高速道路降り口とのギャップは明らかだ。
さらに、新天地への期待に胸を膨らませたMさんの心情と重なったのだろう。この町の入り口はMさんの目にキラキラと輝いて映った。Mさんはいま、高速道路の降り口から近い高台に一軒家を借り、海や夕日を眺めて暮らしている。
「でもね、この話をすると、地元の方からは『よくわからない』と言われます」と、Mさんは苦笑する。地元の人には当たり前すぎる風景なので、詳しく説明してもやっぱり伝わらないのだろう。
実を言うと私も、話を聞いた当初はピンと来ていなかった。目の前の忙しさに気を取られて過ごす中で、いつの間にか移住者の視点を忘れかけていたのかもしれない。そんな自分を反省し、Mさんの話を聞いた数日後に、あらためて高速道路の降り口の近くを訪ねてみた。
この町では高台に登ると、西側にある海が必ず目に入る。午後の太陽光が反射して、キラキラと海面を輝かせていた。無数の島々が凪の海面に陰影を浮かべ、独自の風景を描いている。少しもやがかかって、空と海の境界線が曖昧なのがまた幻想的だ。
あぁ、本当に美しい。まさに他のどこでもない、私が住む町ならではの景色だ。ひとりの人間を移住させるほど魅力を持った景色なのだと思うと、よりいっそう感慨深かった。地元の人が見過ごしているありふれた日常の中にでも、人生を変えてしまうほど心躍るシーンは見出せるのだ。
今まで誰も言語化していなかったこの町の魅力をMさんは教えてくれた。Mさんの感性のフィルターを通すことで、私もこの町の新たな豊かさに気づけたのだった。
日本中、どこの田舎もそうであるように、私が住むこの町は高齢化・過疎化が進んでいる。その影響で、解決が難しい問題が山積みだ。学校、医療施設、交通機関といった社会インフラの維持の難しさ。お祭りなどの地域コミュニティの衰退。空き家や耕作放棄地の増加。これらネガティブな雰囲気が、地元の人の「何もない」のような言葉に現れているのかもしれない。
しかし、「何もない」と言われたこの町に豊かさを見出せるかどうかは、住人の捉え方次第な一面もある。日々の暮らしに大切なのは、便利さだけではない。ありのままのこの町に惹かれ、移住してくる人だっているのだから。
町が与えてくれている豊かさを受け止めるには、日常に目を向ける心の余裕が不可欠だ。日常のありふれた一コマに、キラリと光る幸せを見つけながら暮らしたい。
***
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