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2ミリのズレが、私を一人前にしてくれた話。


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記事:岩田千栄美(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
4月、いつもより少しだけ遅く咲いた桜を横目に打ち合わせ先に向かうと、見慣れない顔があった。まだあどけなさが残る表情と全身を覆う緊張感から、新入社員であろうことはすぐに想像がついた。私には到底真似できないフレッシュな空気に、こちらもついつい顔がほころぶ。
 
(自分が社会人になったときはどんな感じだったっけ……?)
 
ずいぶんと時間が経ってしまい忘れていることも多いが、そういえばこんなことがあった。
ある日、私はA4の書類を三つ折りにして封筒に入れていた。もちろん真面目にやっていた(手を抜こうという気持ちなどない、そんなことを考える余裕すらなかったように思う)。
そうすると、三つ折りにした書類の端が合っていないと注意を受けた。わずか1~2ミリほどのズレである。そのときは「そんな些細なことまで注意されるのか……」と少し不満を感じてしまった(いま思えば本当に申し訳ない)。
わざわざ2ミリのズレを指摘するほうも、面倒だっただろう。言ったところで目の前の新人(つまり私である)が本当の意味をすぐに理解するはずもない。「めんどくさいやつ」と思われて終わる可能性だって十分にある。だったら見なかったことにしてやり過ごしておいたほうがマシである。案の定、その指摘の意味を私が理解するのは、何年も後のことになる。
 
2ミリのズレのほかにも、新人の私は無自覚に(何なら一生懸命に)色々とやらかしていたに違いない。都合のいいことに、詳細はあまり覚えていない。そんな私にもやがて、初めて部下を持つ時が訪れた。
 
「新人は、社会からの預かりものだと思え」
 
最初にそう言われた。
 
学校を出て働き始めたフレッシャーズは、法律的には成人であり、身体も立派な大人である。しかし、社会を構成する働き手としてはスタートラインに立ったばかりの「赤ん坊」である。ちゃんと育ててあげれば社会に貢献する人物になってくれるだろうし、反対に最初を疎かにすればその後も台無しになる。右も左もわからない彼ら・彼女らに物事を教えていくというのは真っ白なキャンバスに色を付けていくようなもので、だからこそ、最初に色を付ける者の影響力を自覚せよ、というのが会社からのメッセージであった。
赤ちゃんが周りの大人とのかかわりの中で情緒を育んだり言葉を覚えたりしていくように、私の言動が目の前の真っ白なキャンバスに色を付けていく。その真っ白なキャンバスは本人や家族が大切に育んできたものであり、きれいな色を乗せてさらに輝いていくことを誰もが期待している。このとき、私は事の重大さを認識した。
 
もちろん失敗や後悔もたくさんあったが、「社会からの預かりもの」という言葉のおかげで、誠意と情熱だけは失わずにやってこれた。子どもが成長するうえで躾が必要であるように、時には厳しいことも言わなければならないし、それは決して気持ちの良いものではない。言うほうも言われるほうも、できるなら避けたい場面である。しかし、相手のことを思うからこそ逃げてはいけないし、私自身も正してもらってきた。そう、2ミリのズレを指摘してもらったように。
あれはズレそのものを問題にしていたのではなく、細部にも気を払い丁寧な仕事を心がけることを教えてもらっていたのだとやっと分かったのが、この頃である。ようやく感謝できるようになったとき、それを教えてくれた人はもう近くにおらず「ありがとう」が伝えられなかったことが悔やまれる。「親孝行がしたいときに親はもういない」とよく言うけれど、仕事でもそれは同じだった。
 
そんなほろ苦い記憶のせいか、この時期、似たようなリクルートスーツに身を包んだ若者を見かけると、勝手なお節介妄想が頭の中に広がる。
「今ごろはまだ新人研修の最中かな」
「うまくいっているかな」
「良い上司や先輩に巡り合えるといいな」
これからの成長を願わずにはいられない。まるで、雛鳥が巣立っていく姿を見守る親鳥のように(実際はただ偶然に一瞬だけすれ違った通行人に過ぎない)。
 
会社を離れて独立した今、外の立場から新人育成の現場に携わっていると、「2ミリのズレ」を見てみないふりをする人たちが増えているように感じられ、少し寂しい気持ちでいる。確かに面倒くさいし、嫌われるだけかもしれない。「パワハラ」と言われてしまうリスクが頭を過るのもわかる。さじ加減が難しいが、不条理なパワハラなのか親身な育成なのかはきっと雛鳥のほうも分かるはずである(そう信じたい)。
 
 
 
 
***
 
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