彼女の家には、今日も泥棒が入る
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記事:かたぎり(ライティング・ゼミGW特講)
「うわぁ! 泥棒に入られてる!」
電話口から、帰宅直後の彼女の悲鳴が聞こえた。
「え! 泥棒?! 大丈夫?」
僕も電話に向かって、慌てて大声で問う。
「うん、大丈夫」
彼女は冷静に答えると、ビデオ通話に切り替えて部屋の様子を映しだした。
その画面で確認するに、確かに彼女の部屋は荒らされていた。
床には、服や書類が散らばり、クローゼットや引き出しは開けられたままになっている。
そのまま部屋の奥へと進んで行こうとする彼女に僕は、
「待って! もしかしたら泥棒がまだ潜んでいるかもしれない。不用意に部屋に入らない方がいいよ?」
と忠告したが、それ対して食い気味に彼女が返答する。
「いや、大丈夫」
たった今泥棒に入られたにしては、異様なほどに落ち着いている彼女の様子に、僕は全てを察した。
「なんだ、またいつものか」
彼女のことを一言で表すとしたら、自由人という言葉が最も当てはまる。
いわゆる直感タイプで、後先考えずに思うまま行動する自由奔放な人間だ。
だがそんな彼女にも、クレバーな一面はある。
それは例えば、こんな時に現れる。
前に彼女が、僕の家でカーペットにジュースをこぼしてシミを作った。
普通ならすぐに謝るか、シミを取ろうとするのだが、彼女はむしろシミを追加して素敵な柄へと変身させたのだ。
これには僕も怒る気力もわかないというか、呆れを通り越して関心すらしてしまった。
これをクレバーといっていいのか、どこまで狙ってやっているのかは分からないが、とにかく彼女は、自分の不都合を咄嗟にごまかすのが得意なのだ。
そんな言い方をすると聞こえが悪いかもしれないが、そのごまかし方にはどこか可愛げがあり、決して人を傷つけないばかりか、むしろ返って笑顔にさせてくるので、ついつい許してしまう。
カーペットのシミの件は、だいぶ僕の心が寛容だったために成立している気もするが、どんな状況でも人を楽しませる根っからのエンターテイメント精神が彼女にはあるように思う。
僕はそれを彼女のユーモアとして、魅力的に感じていた。
そんな彼女は帰り道が暇だからと、僕によく電話をしてくる。
暇つぶしに付き合わされるのは、基本的には面倒なのだが、彼女のユーモアに魅せられた僕は応じてしまう。
泥棒が入ったその日も、彼女の帰宅中の電話に付き合っていた。
最初は、本当に泥棒が入ったものだと信じてしまったが、すぐに嘘だと分かった。
なぜそんな嘘を吐いたのかは明白だ。
彼女は片付けができない。
部屋が散らかっていることを泥棒のせいにしたかったのだ。
そんなすぐバレる嘘には、ほとんど意味がないのだが、それも彼女なりのエンタメ精神で、自分の弱点を少しでも笑ってほしかったのだろう。
別に部屋が汚くても咎めたりしないが、それにしても本当に泥棒が入ったかと思うくらいに散らかっていた。
それはそれでひとつの才能なのではないかと思うほどに。
その日から、彼女の部屋には定期的に泥棒が入るようになった。
もちろん、言葉通りの意味ではなく、実際にはそんなリピーターの泥棒などいるはずがないのだが、部屋が散らかるたびになぜか被害者ヅラで僕に訴えてきた。
「また泥棒だ〜!」
何度も繰り返すうちに、いつしかそれが彼女の帰宅の合図になっていた。
会って話すのももちろん楽しいが、僕はこの帰宅中の電話の時間がだんだん好きになっていた。
そして、泥棒はそんな楽しい時間に終わりを告げる憎むべき存在となっていった。
ある日、いつものように電話をしている最中に、僕らは些細なことで喧嘩をした。
いつもは彼女が和ませるから喧嘩になんてならないのだが、その日はそうはいかなかった。
そして、その日は泥棒に入られることなく電話が終わった。
それからしばらくは、会うことも電話することもなくなった。
このままもう彼女と話すことはないのかとさえ思った頃、突然彼女から電話がかかってきた。
その時も彼女は帰り道の途中だった。
いつもと変わらない調子で話す彼女は、喧嘩のことも思い出話のようにあっさりと語り、笑い話へと変えた。
またしても僕は彼女のユーモアに魅せられてしまう。
そして久々の楽しい時間はあっという間に過ぎ、気づけばもう泥棒は彼女の家に侵入した後だった。
彼女からの暇つぶしの電話は今でもやって来る。
電話の終わりを告げる合図は相変わらず続いているが、今では彼女とまた次も話せることを意味する合言葉のように感じる。
今日もまた彼女から電話がかかってくる。
彼女の家にはきっと、今日も泥棒が入るだろう。
***
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