スッポン事変
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:punneko(ライティング・ゼミ9月コース)
「お母さん、水があふれそうだよー」
次男の声で、
食べかけていたお菓子を皿に置いた。
「今なんて言ったの?」
「今トイレ入ろうとしたら
トイレットペーパーが浮いてたから、
水を流したら水がわーって上にあがってきてあふれそう」
「え!」
数年前の光景が走馬灯のように駆け巡って、
血の気が引く思いで現場へ向かった。
私は10年前に、
トイレの洗浄のバーが戻り切っていないのに
数時間気づかず
トイレの水を廊下まであふれさせたことがある。
玄関を通ってドアの下の隙間を抜け、
マンション共用部の内廊下にまで浸水し、
周囲の方や管理人さんに
本当にご迷惑をおかけした。
あの時は詰まっていたわけではないから
根本原因は違うのだけれど、
トイレの水漏れトラブルは
大きなトラウマになっている。
次男が不安そうにのぞき込む便器の中の水は
一見透明ではあったけれど
小さくなったトイレットペーパー
が幽霊のように浮遊していて
便器の淵ぎりぎり、
いわゆる「表面張力」の状態。
とりあえずまだあふれてはいないことに
胸をなでおろしつつ
「まだしてなかったのは(用を足していなかったのは)
不幸中の幸いだね」
と謎の発言をした後、しばらく逡巡した。
だって……
今うちには、あの子がいない。
正式名称は知らないけれど、
俗に「スッポン」とか
「しゅぽしゅぽ」とか呼ばれている、
あの巨大なタコの口のような道具……。
「これ、もう捨てていいよね?
トイレブラシ突っ込めば、
詰まってるの解消できるから」
1年前に夫がそれを持って
私に聞いてきた映像が脳裏を巡った。
「本当にトイレブラシ突っ込めばいいの?」
疑心暗鬼で聞き返しつつ、
数年使っていないし、
見た目も微妙だし、かわいくないし、
まあいいかと承諾した自分の記憶も。
とりあえず、
トイレブラシを突っ込んでみよう!
ブラシを突っ込むスペースを作るために、
そばにあった透明の虫かごで水をかいだして
大きなバケツに移す。
「トイレ行きたいー」
と言った次男に、
「とりあえず
1Fのロビーにあるトイレ使わせてもらいなさい」
とマンションの共用部にあるトイレへ
送り出して作業続行。
かなり水をかい出せたので
意を決して、
えいっ!! とトイレブラシを勢いよく
突っ込む。
シーン……。
何回か突っ込むも進展はなく、
便器の水を汲んだり
トイレブラシを突っ込んだりして
悪戦苦闘している自分の姿が情けなく、
悲しくなってくる。
「スッポン」は、
冠婚葬祭の、ハレとケの「ケ」のほうに使う、
無味乾燥な黒いバッグや
黒いネクタイみたいなものだ。
全然好みじゃないし、
次にいつ使うかも定かではない。
でも、
ことが起こった時にないと困るもの。
好きじゃないからって、
捨てちゃいけなかったんだ。
バカバカバカ……!
もう、スッポンを入手するしか残された道はない。
近所の薬局やスーパーを
片っ端から、しらみつぶしに探していく。
スッポンのことをお店の人に聞くのは
なぜかものすごく恥ずかしい。
自分で見つけるべく店の中を回遊し、
最後にお店の方に問う。
「あの……トイレが詰まった時に使う、
あの……スッポンってなる
大きい吸盤みたいな……」
「ああ、うちには置いてないですね」
トイレが詰まっている
かわいそうな人と思われないように、
ショボーンを隠して
「ありがとうございます」とにっこり。
それぞれの店で
そのやりとりを繰り返した挙句
完全に心が折れ、
あのスッポンがないせいで
どれほどひどい目にあっているかを
夫に電話している最中に
名案が浮かんだ。
そうだ、
さっき次男が使わせてもらった
共用部のトイレに、
あるはず……!!
小走りでマンションのロビーに駆け込むと
共用部のトイレに
スッポンはさんぜんと輝いていた。
「君はここにいたんだね……!」と
なんだか拝んでしまいたいような気持ちで、
抱きかかえる。
管理人室をのぞき込むもご不在だったので、
スッポンだけを手に持った異様ないでたちで
エレベーターに乗り込み、自宅トイレへ直行。
スッポンを便器に突っ込むと
何かが通り抜ける音がして、
水位がすーっと下がった。
キター!! と心の中で叫ぶ。
スッポンがこのかさばる形なのには理由がある、
この機能を果たすにはこの形しかないんだ、
と実感するに余りある即効性だった。
風呂場へ行き、
スッポンを神妙な心持で洗い、
再びそれを手に持ったままロビーのトイレへ。
ありがとうございましたと拝んで、
やっと部屋に戻って次男に「直ったよ」
と報告したのだった。
私は今回の一連で大きな教訓を得た。
ひとつは、
決してときめかなくても、
いつ使うかわからないけれど
黒いバッグ、黒いネクタイのように
いつか起こるかもしれない不幸のために
捨ててはいけないものが存在すること。
そしてそういうものは
みんなも普段なかなか使わないので
家の近所には売っておらず
いざというときに簡単には手に入りにくいこと。
そして、
「代用」は不器用な人には
かなりハードルが高いこと。
今我が家のトイレには、
夫が買ってきたスッポンが鎮座している。
折り畳み傘みたいに
ぽきぽき折りたためればいいのにとか
もっとスタイリッシュだったらいいのにとか
やはりデザインについて
いろいろ思ってしまうけれど
「備えている」という安心感がある。
そして
スッポンは、
「トイレプランジャー」という正式名称だった、
ということを今回の一連で新たに知ったことも、
最後に申し添えておきたい。
***
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