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卒業式……。幸せになってね、でもね。 


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:藤原 宏輝(ライティング・ゼミ 5月コース)
 
 
「息子が結婚するの、私の時みたいにプロデュースをお願いできる?」
と年末に彼女から、突然連絡がきた。
‘彼女’というのは私が、ブライダルプロデュースを始めた、25年前の御新婦様だ。
この25年の間、2〜3年の間に必ず一度は、ゆっくり2人で会って、ランチをご一緒させて頂いている。今では、すっかり親友のような関係。
「息子さん、もうそんなお年頃になったんですね」
と、私は息子さんの成長の様子を、いつも彼女から聞いていたので、自分の事のように嬉しかった。
 
ジューンブライド。梅雨入り前の6月の爽やかな晴れの日。
 
カラン、カラン……。
 
チャペルの鐘が鳴り響く。
たくさんのゲストの大きな拍手と歓声の中、挙式をすませ真白な大きな石の階段を、降りてくる御新郎様は、まだ24歳。
彼女の大切な、一人息子さんだ。
 
御新郎様の隣には、眩しいほどの笑顔を浮かべた27歳の可愛い花嫁さん。
肩を寄せ合い、見つめ合い、まるで映画のワンシーンのように美しかった。
 
私は25年前を思い出しながら、御新郎様のお母様の隣で涙が止まらず、自分の事のように感動していた。しかし、隣で嬉しそうではあるが、心から拍手が出来ない彼女がいた。
 
「おめでとう」
「幸せになってね」
「良かったね、本当に」
 
周囲の誰よりもたくさん声をかけて、彼女は笑顔を作っていた。
でも、その笑顔の奥に広がっていたのは、どうしようもない“寂しさ”。
 
彼女は結婚3年で、早々に離婚し女手一つで彼を育てた。
シングルマザーとして、仕事もきっちりとこなし、家事に育児に追われる毎日でも、
「息子には寂しい思いをさせてるけど、私が頑張らなきゃ! 毎晩息子の寝顔を見るだけで、頑張れるんだよね」
と、いつも話していた。
 
初めて歩いた日、初めて「ママ」と呼んでくれた日、初めてのランドセル、初めての遠足や運動会。
反抗期はそんな大変ではなくて、本当に優しい子。
彼女は息子さん(彼)のすべてを、これまでずっと見てきた。
 
高校に入る頃、息子さん少しずつ彼女と距離をとるようになった。
「男の子ってそういうものよね、と周りのママ友も言っていたし」
でも、それが息子の成長だと、彼女は理解していた。
ただ、彼女の心のどこかでは、「自分のことを、いつも一番に思ってくれていたあの頃」が懐かしかった。あの頃の気持ちをずっと今日まで、まだ手離せずにいたのかもしれない。
 
そして、息子さんはお母様によく似た小柄で頑張り屋さんの女性と今日、結婚した。
 
彼女は、そんな息子さんを見ながら……。立派になって、笑って、皆に囲まれて。
「ああ、やっぱり彼は私の知らない“新しい人生”を歩き始めたんだな」と言い聞かせていた。
フラワーシャワーの中を階段下まで降りてきた、お2人の姿を見ながら、彼女は何枚もスマホで写真を撮っていた。その瞬間、彼女の手が震えていることを、私は見逃さなかった。
 
「お母さんも、どうぞご一緒に!」
 
誰かの声に背中を押されるようにして、彼女は新郎新婦の隣へ。
つい、息子さんの隣にぴたりと立ってしまう。無意識だった、だろう。
ふと気づけば、何枚も何枚も、新郎新婦様お2人の写真には、息子さんを真ん中にして彼女が隣に写っていた。
花嫁さんの優しい笑顔が、少しだけ引きつって見えたのは、私の気のせいだったのだろうか。
 
 
そして、御披露宴もお開きとなり、私は彼女と食事をゆっくりしよう。と、移動するタクシーの中で、
「今日まで、本当にありがとう。あなたがプロデューサーじゃなかったら、私はもしかしたら、この結婚をぶち壊していたかもしれない。息子もお嫁ちゃんも、みんなも喜んでくれたし。本当にありがとう」
と彼女は言いながら、スマートフォンのアルバムを開いた。
そこには、息子さんが、まだ小さかった頃の写真。
七五三、運動会、遠足、入学式、卒業式など。どの写真にも、彼の隣には彼女がいた。
「でも、今日になっちゃった。行っちゃった」と言い、何とも言えない表情だった。
無理して喜ばなきゃ。って、頑張っているように、私には見えたのだ。
 
彼女は嬉しいし、わかってるけど、やっぱり、寂しいのだ。
「幸せにね」と、何度も繰り返した言葉。
もちろん、何よりも、誰よりも、大切に育ててきた息子さんには、幸せになって欲しいに決まってる。
でも、本当の彼女は、
「お母さんのこと、たまには思い出して」
そんな思いが、喉元までせり上がっていたらしく、
「だけど、それは今日は言ってはいけない気がして」
とも話した。
今日の主役はあの子たち。お母さんは、もう舞台の袖に下がる番。という自覚はあった。
 
それでも、少しだけ……、ほんの少しだけ……。これからも、
「お母さん、元気にしてる? ぼくは元気だよ」
そんな一言を、たまに聞かせてくれたら。それだけできっと、何度でも笑顔になれるから。
彼女の息子さんとの24年間の話し、今日までのこと。彼女は嬉しそうに誇らしげに、たくさん話してくれた。
「小さい頃から、お母さん思いの優しい息子さんの事だから、きっと大丈夫ですよ」
と私は彼女に伝え、それぞれ帰宅した。
 
その後、彼女から
‘家に戻って灯りをつけたとき、ふと空気の冷たさを感じたのね。息子が使っていた部屋は、今日から本当に“空き部屋”になったしね’
と、連絡がきた。彼女は、
「彼は、ちゃんと巣立った。ちゃんと自分の力で、幸せをつかんだ」
と、自分に何度も言い聞かせていた。
24年前、息子さんを産んだ時。
「私の生命にかえても、この子を幸せにする」と話してた。
彼女が離婚を決めた時。
「何があっても、私がこの子をちゃんと育てる。私がこの子を守らなきゃ」と話してた。
その事を、私は思い出していた。
 
昨日までと、今日からは違う。
 
息子さんの隣には、別の女性(お嫁さん)がいる。それが“結婚”というものなのだ。
‘結婚式’は、お母さんが息子さんから卒業する‘卒業式’でもある。
 
だからこそ‘結婚式’は、自分の為でもイベンでもなく、ご家族や周りの方々の為にも、人生の一つの節目として、きちんと挙げて頂きたい! と思う。
こうして、出来事を心に刻みながら、記憶に残しながら、みんな次へと進んで行くのだと思う。
 
そして、そんな今の彼女には、少しずつ‘息子ロス’から、自分の為の人生を、一歩ずつ前向きに歩んで欲しい。
と、私は心から願っている。
 
 
 
 
***

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2025-06-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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