メディアグランプリ

助手席の彼《絶対麗度ライティング》


*この記事は、「絶対麗度ライティング」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

絶対麗度ビューティー・レコーディング・ラボ

 

記事:紬野 しずく(絶対麗度ライティング)

 

「伝えたいことがあるんだ」

 

名古屋天狼院を見下ろせる名古屋ミライタワーで、夜景を眺めながら彼がそう切り出したのは春のことだった。

 

桜が満開でライトアップされ、多くの家族連れや恋人たちが行き交う中、彼は少し緊張した表情で続けた。

 

「もうすぐ一年の免停になるかもしれない」

 

それは確かに一大事だ。

 

でも、彼のあまりにも深刻そうな顔を見て、私は不思議に思った。

 

「それは大変だけど、そんな不安そうな顔してどうしたの?」

 

すると彼は少し間を置いて言った。

 

「前に一か月免停になったとき、それが原因で振られたことがあるんだ。だから今回もそうなるんじゃないかと思って……」

 

なるほど、そういうことか。

 

でも、一か月の免停だけで振られるだろうか。

 

本当はほかにも理由があったんじゃないの?

 

そんな考えが頭をよぎったけれど、口には出さなかった。

 

それよりも私が引っかかったのは、免停が二回目だということだった。

 

彼はバイクが趣味で、よく仲間とツーリングに出かけている。

 

山道の下り坂で前方のバイクが急ブレーキをかけ、それを避けきれずに追突。相手は足を骨折し、回復にも時間がかかった。結果として重大な過失と判断され、免停処分になる見込みだという。

 

事故の内容を聞くと、なるほどと思った。

 

バイクは車以上に事故のリスクが高い。

 

もちろん事故を起こさないに越したことはないけれど、起きてしまった以上は仕方がない部分もある。

 

実際、彼が免停になっても私の生活に大きな影響はない。

 

遠出をするときに私が運転することが増えるくらいだ。

 

幸い私は運転が嫌いではない。

 

むしろどちらかと言えば好きな方だ。

 

だから、彼が免停になることが恋愛の危機になるとは思えなかった。

 

そして先月。

 

彼から再び報告があった。

 

「この間、免停のお知らせがついに来て、四年だった」

 

四年?

 

思わず頭の中で計算した。

 

最初に聞いていた一年の四倍である。

 

あれ? そんなに?

 

と思ったけれど、

 

「思ったより重い判定になったんだね」

 

とだけ返した。

 

正直なところ、驚きはした。

 

でも、それで彼への気持ちは少しも変わることはなかった。

 

もちろん、二回目の免停という事実は少し気になる。

 

若い頃の私は違ったかもしれない。

 

恋人には完璧さを求めていた気がする。

 

失敗しない人。

 

ちゃんとしている人。

 

周囲から見ても問題のない人。

 

そんな人を探していたように思う。

 

でも、年齢を重ねるうちに気づいた。

 

そんな人はいない。

 

私自身だって失敗してきた。

 

子育てで悩み、結婚で悩み、離婚も経験した。

 

いつも正しい選択ができるわけではない。

 

人はみんな不完全だ。

 

今は、失敗そのものよりも、その失敗とどう向き合うのかを見るようになっている気がする。

 

責任から逃げる人なのか。

 

人のせいにしていないか。

 

自分の過ちを素直に認められる人か。

 

そちらの方がずっと大切に思える。

 

そういう人がかっこよく見える。

 

恋愛の危機になるのは、免停そのものではない。

 

失敗を隠したり、ごまかしたり、責任を誰かに押しつけたりするときなのだと思う。

 

窓の外の景色を眺めながら、今日も彼は助手席にいる。

 

そして私は、そんな景色を少し心地よく感じている。

***

この記事は、天狼院書店の「絶対麗度ライティング」にご参加の方が書いたものです。

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2026-06-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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