好きになった先生はみんないなくなる
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:藤尾ひびき(26 年 9 月ライティングゼミ withAI)
「先生、行かないで!」
幼稚園児だったわたしは、教育実習に来ていた先生のエプロンにしがみついて、わんわん泣いた。
当時、わたしの周りには一緒に遊んでくれる大人がほとんどいなかった。
だから、一緒に遊んでくれるその先生が大好きだった。
迎えに来ていた母に抱き上げられても、諦めなかった。
弓のように体を反らせ、手足をばたつかせる。
クラスで一番背が高かったわたしは、母にとってはさぞかし巨大な怪物だったに違いない。
「大好きな先生との別れ」を、わたしはとにかく受け入れられなかった。
小学校五年生のときもそうだった。
夏休みが明けて早々に、担任だった大好きな先生が産休に入ると知らされた。
代わりの先生はすぐにやってきて、若くて綺麗なその容姿にクラスのみんなは大はしゃぎだった。
わたしだけが、取り残された。
産休に入ったその先生は、わたしが二年生のときにも担任だった。
その先生には、忘れられない思い出がある。
わたしは一部のクラスメイトから「巨人」「巨人」と揶揄されていた。
自分が望んで背を高くしたわけではない。
どうすることもできない身体の特徴をからかわれ、わたしはただ戸惑っていた。
そんなある日、先生がその子たちに何かを言った。
肝心な言葉は覚えていない。
ただ、怒るでもなく、淡々と。
「先生はこう思う」
そんな言い方だったことだけは覚えている。
それ以来、背丈のことで何か言われることはなかった。
もちろん、その出来事だけが先生を好きだった理由ではない。
五年生になって、再び担任になってくれたときは嬉しかった。
だからこそ、産休に入ると聞いたときは残念でならなかった。
「あの先生ともっと一緒にいたかった」
代わりの先生が聞こえる距離にいたことも知らず、わたしは友達に吐露していたのだ。
その言葉が代わりの先生を傷つけるかもしれないなんて、当時のわたしには思いもよらなかった。
「ひびきちゃん、あの先生たぶん聞いてたよ」
その日から、自分は彼女の〝ターゲット〟になったように感じた。
帰りの会で居残りをさせられたり、クラス全員の前で一方的に叱られることもあった。
その理不尽な仕打ちは深く心に残り、ますます産休の先生への気持ちは募るばかりだった。
大好きな先生との別れに、苦い思い出がひとつ増えた。
そんなわたしも高校生になった。
もう高校生なのだから、少しくらい別れにも慣れてよさそうなものだ。
けれど、やっぱり大好きな先生との別れはつらかった。
秋も深まった、風の強い日のことだった。
部活の顧問の先生が産休に入ると知らされた。
ついこの前、結婚したと報告を受けたばかりだったのに。
自転車をふらつかせながら、やっとのことで家に帰った。
行き場のない感情が景色すら奪う。
ご飯も喉を通らない。
そんなとき、わたしは決まって風呂場で泣く。
いくら寂しくても、先生がいなくなることは変わらない。
声を殺して、大粒の涙を湯船に落とした。
ひとしきり涙を流せば、あっという間に顔を洗って退散する。
「いい風呂だった。ご飯にしよう」
そう言っていつもの調子を取り戻す。
一晩寝れば、どうにかなる。
そして、別れの日がやってきた。
花束を渡したり、一緒に写真を撮ったりした。
やがて、一人ずつ先生に挨拶をすることになった。
とうとう自分の番が来た。
伝えたいことがあったのに。
本人を目の前にすると、急に喉の奥がきゅう、と縮んだ。
――ありがとう? さようなら? お元気で?
わたしが好きになった先生は、みんないなくなる。
幼稚園、小学校。
これまでの別れが頭をよぎる。
どうにも言葉が出てこない。
もう会えない。
今しかない。
大好きだという気持ちだけは伝えたい。
目の前の顧問の先生の輪郭が、優しくにじむ。
クソクソクソ。
自分の制服を握り締め、すう、と大きく息を吸う。
――演劇部やぞ、しっかりせい。
どうにでもなれ、ええい、ままよ。
そんな気持ちで目を閉じた。
「アイ ラブ ユー」
出てきた言葉は、これだけだった。
一瞬の間。
先生が、そのかわいらしい大きな目をいっそう丸くした。
「もー、嬉しい! ありがとう!」
みんなそろってどっと笑った。
瞼を押さえてわたしも笑った。
それからようやく春になり、桜のつぼみがほころび始めた。
お花見どうする、なんて春休みの予定を話していたころ、幸運にも顧問の先生の赤ちゃんに会わせてもらえることになったのだ。
先生は、あの日の言葉を覚えてくれていた。
「あなたの言葉はちゃんと届いてるよ、ありがとう」
覚えていてくれたことへの喜びとほんの少しの恥ずかしさから、わたしは「えへへ」と笑うしかなかった。
先生の腕の中では、生まれたばかりの赤ちゃんがすやすやと眠っている。
小さな手のひらに指を当てると、ギュッと握り返してくれた。
言い知れぬ喜びが、身体中を駆け巡る。
大好きな先生との別れの先で出会ったのは〝新しい命〟だった。
《終わり》
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