【女優のいる書店】女優を辞めたくなったことってないんですか?【女優デイズ】
「由乃さんは、女優辞めたくなった事ってないんですか、」
新人女優に問われ、本山由乃は化粧を直す手を止めた。
舞台の楽屋は2人きりであった。
出番を終えてステージから戻ってきた彼女は開口一番にそう言った。
華々しい世界の裏側は、とてもシビアで過酷なのだ。
舞台を下りればひとたび現実に襲われる。
ノルマと未熟さと自己嫌悪が大きな波となって押し寄せるのだ。
足りない、まだ足りない、何が足りない、試行錯誤の手を尽くした彼女の目は潤んでいた。辞めたいと思った事など、幾度も在る。
女優という仕事のために青春時代を費やし、猪突猛進に駆け抜けてきた。たくさんの壁を乗り越えた。実力が向上した実感、その喜びもたくさん味わって来た。
けれど。
辞めてしまいたいという思いは常に傍らに居て、いつ飲み込もうかと待ち構えている。
芸能界という世界は、不確かなのだ。まるで蜃気楼のように、歩んできた道が朧気になっていつしか見えなくなってしまう。
実力だけではない、この世界で生き残るためにはそれだけではいけないのだ。
這い上がるためには何をしたらいい、勝ち残るためにはどうしたらいい。
必死になればなるほどに、自分が消耗されていくのが解る。
あるいは、と思うと時だってある。
あるいは、普通のOLとして生きるのも悪くないのかもしれない。
結婚をして、専業主婦となり、旦那と子供の面倒を見る。
一つの幸せの形だ。
何も芝居にこだわらなくとも良い。幸せの選択肢は幾つだってあるのだ。「由乃さん、」
声をかけられて気が付けばもうカーテンコールの時間だった。
拍手が役者を呼んでいる。辞めたいと思った事なんか、幾度だって在る。
けれど、この拍手と目が眩むライトが答えだった。「何で芝居はじめたわけ、」
天狼院書店店主三浦は問うた。
当時はまだ天狼院書店は企画段階で虎視眈々と実現の期を狙っていた三浦の問いはあまりに真っ直ぐで、本山由乃は言い淀んでしまった。
「やりたいならやればいいじゃん、やりたくないなら辞めちゃえばいいじゃん。」
あまりに軽い言いぐさで、腹の底に怒りが芽生えたのを覚えている。
それはきっと、核を言い当て当てられたからだ。
女優の道の険しさや芸能界への畏怖で目が潰れていた。
やりたいのか、やりたくないのか、それだけだと、三浦はケラケラと笑う。
本当に三浦には驚かされる事ばかりなのだ。身勝手のようで人を良く見ている。
鋭い指摘も、他人事のような言葉も、何故か核心を突く。
そして、思考の形を変える糸口になったりもするのだ。思い出して、頬が緩むのを感じながら本山由乃は前を向いた。
凛と、ただ真っ直ぐ前を見つめる。
拍手が頭上から降ってくるのを全身で感じ、照明の熱さで皮膚が泡立つ。
思考が飛ぶ、身体の重さも、頭の鈍痛も、足下にまとわりつく後ろ向きな思考さえもが吹き飛んでいく。
辞めたいと思った事はないかと問うた新人の瞳は、先程までとは潤みを瞳に湛えていた。カーテンコールの拍手とライトが、幾度だって引き戻す。
抗えない。
魔力のようなこの時間にただただ浸った。この一瞬のために、女優は生きている。
それこそ、本山由乃が女優で居る理由であった。
どうも!劇団天狼院マネージャー本山です。
カーテンコールの拍手………浴びてみませんか??
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