チーム天狼院

わからないのが良いなんて


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:秋田珠希(チーム天狼院)

やばい、何もわからない。
文庫本を片手に、私は呻いていた。
その本は、教授に指定された本だった。大学の前期課題として、幾つかの課題図書から選び、選んだ本について論評を書けと言われたのだ。
最初は良かった。身近な例がたくさん出てきたから。でも本の半分まできたところで、私はつまづいた。
筆者は、抽象的な言葉に抽象的な言葉を重ねていた。もう何が何だか。書いてあるのは日本語で、一つ一つの意味はわかる。でも、解読できない。
提出期限まであと2週間。時間はあった。あったけど。
これで何を書けと。
どうしよう。
こういう時、自分の無知さを思い知る。

学問というのは、結局理論だ。
だから、とてもややこしくて曖昧で、だんだん現実から離れていくようなところがある。下手なファンタジーよりも、よほど現実から離れた世界だ。現実をもとにはしているけれど。
だから、起業したい学生が経営学部とか経済学部とかに入っても、「なんか違う」と思う。
大学でやるのは理論が中心で、実戦じゃないから。
そして理論というのはわかりづらくて、本当に好きな人でないとやってられない。
私は文学を専攻しているけれど、作品中の「湯気」がどんな意味を持っているかについての講義なんて、興味のない人にとってはものすごくどうでもいいことだ。
「好きに読めばいいじゃん」と言ってしまえばおしまいだから。
細かすぎてわからない、その前に細かすぎて興味が持てない。しかも抽象論。
でも出席を取られるから授業には出ないといけない。
大学のやる「学問」がイメージと合わないと、そんな苦痛を強いられる。
その結果、大学の授業では大量のうたた寝が発生する。
それにたとえ全部出席していたとしても、課題を出さなければ、またはテストを受けなければ単位は来ないのだ。
「大学卒」という称号を得たいがために、私たちはどれだけの労力を払っているんだろう。
そんな授業や学生に失望して、大学を辞める人もいる。
それは正直正しいと思う。興味のない授業に出席するために大学に行くなんて、単なる時間の無駄でしかない。

「あーわっかんないー何書けばいいんだよー」
母親を前にして、私は嘆いていた。
こんなにわからない本は久しぶりに読んだ。筆者の他の本を読んでも理解が追いつかない。ましてや、そのわからないことに対する意見なんて書きようもない。
だが締め切りが迫っている。
その授業はレポートだけでなくテストもあった。私にとっては重い授業だ。さらに大変だと聞く理系の方に言ったら怒られるかもしれないが。
「本当どうしよう、絶対この科目今回のテストのラスボスだと思う」
そういう私に、母は笑って言った。
「でもなんか楽しそうだね」

そう言われてギク、とした。
そうかも、しれない。

わからないこと。なんだこれと思うこと。
嫌な状況のはずなのに、なぜだか私はこの状況を楽しんでいた。
開け方がわからない宝箱を手にした気分だったのだ。
開けたら何が出てくるかはわからない。
でも、開けたら絶対面白い。そんな宝箱。
外国語がわかった時にも近いものがあるかもしれない。わからないからと諦めずに、根気よく聞く。
意味がピンと来る一瞬のために、目の前のものにしがみつく。

そうだった。それが楽しくて、大学入りたいと思ったんだった。
本を読むのが好きで、でもだんだん読むだけじゃ満足できなくなって。
作品のもっと深いところまで知りたくなったから。
わからないものを少しでもわかるものにすれば、世界の見方が変わるかもしれない。高校生の私はそう思った。
だからここにいるのに。

大学に入って、周りみんなが辛いとか、つまらないとかそんな話ばかりしていた。
高校生の時に授業嫌だなと愚痴ったような空気と同じ空気が流れていた。
むしろ下手にやる気があるように見られると皮肉られる。
そのせいか、いつの間にか見失いかけていたのかもしれない。日々の忙しさに追われて、宝箱がいつの間にか、単なる障害物になっていた。

そうだった。
わからないって面白いんだった。

私は大学が大好きというわけではないし、学問の道に骨を埋められるほど賢くもない。こんな私が勉強好きなんて、口に出すのもおこがましい。
ましてや今の時代は大学のレベルが下がっているとも聞く。大学は行っても無意味だとも。大学でやる勉強は、就職で役に立たないから。
でもそれがどうしたって言うんだ。
誰がなんと言おうと、面白いものは面白い。
せっかく4年も時間をもらえたのだ。好きなことの評価まで、一般論に合わせることはない。

「くっそ……」
課題の本には、相変わらず心を開いてもらえない。
もっと勉強したいと思った。少なくとも、この本がわかるくらいには。
この宝箱、絶対開けてやる。完膚なきまでに理解してやる。
大学卒業まで、あと1年半の時のことだった。

***

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