てんろくんとてんろうかみ《さく・え かわしろさき》
てんろくんは、天狼院に住む本の妖精。いつもそわそわ、みんなが本を読んでいるのをうかがっています。
今日も天狼院にはお客さんがたくさん。はずかしがりやのてんろくんは、こっそりと天狼院BOXのかげにひそみます。
てんろくんは、本を読むのが大好き。 いつも三浦さんが決めて、頭に乗せてくれる本を、夢中になって読み漁ります。
今日の本はグレートギャッツビー。 先の読めない展開に、興奮しながらページをめくるてんろくん。
「うんうん。男っていうのはやっぱり、こうじゃなくちゃだめだ。ぼくもいつかおかねもちになるんだ。そして、情熱的な恋をする。素敵だなあ」
てんろくん、てんろくん、あそぼう!
本に集中していたてんろくんの背中を、濡れた鼻でつんつんしてくるのは、てんろうかみ。
てんろうかみは、いつからか天狼院に住み着くようになっていた、子供のおおかみです。てんろくんよりも小さいけれど、するどいきばを持っている、りっぱなおおかみ。態度が大きくて、てんろくんは彼のことが、少し苦手です。
「だめだめ。きみの鼻はぬれているし、よだれはだらだらたれている。せっかくの本が、しわしわになってしまうよ」
はやくグレートギャッツビーの続きを読みたいてんろくんは、てんろうかみを相手にしません。
「え、つまんないよ。こんなにお客さんがいるのにさ。なんか面白いことして、おどかしてやろうぜ」
いつもなにかいたずらすることを考えているてんろうかみは、そわそわとBOXのかげから、お客さんのようすをうかがっています。
「そうだ。なっちゃんのスカートにかみついてやろう。きっとみんな、びっくりするぜ!」
ええっ! とんでもないことを言い出したてんろうかみに、びっくりぎょうてんのてんろくん。今日のなっちゃんは、素敵な白いふわふわのスカートをはいています。
このまえ、お買い物して買った、お気に入りの新品だと、嬉しそうに石坂君に話していたのを、てんろくんは思い出しました。
しっぽをふりふり、今にもBOXから出て行こうとするてんろうかみ。 これはいけない!と、てんろくんはあわててグレートギャッツビーを頭に戻し、てんろうかみの前に立ちはだかりました。
「おい、どけよ。なっちゃんはフォト部のことに集中してる。チャンスだよ!」
「だめだよ、てんろうかみ。そんなことをしてスカートが台無しになったら、なっちゃんはきっと傷ついてしまう。お客さんもびっくりして、来なくなってしまうかもしれないよ」
「べつにいいじゃん、そんなこと。意外とみんな、もりあがるかもしれないし!」
と、てんろうかみは、ついにBOXから飛び出しました。
だめ!
てんろくんはとっさに、てんろうかみのしっぽをつかんでしまいました。
「ぎゃあっ!」
実は、てんろうかみの弱点は、このしっぽ。ここを自分以外のだれかにさわられると、びっくりして興奮状態になってしまうのです。気が動転したてんろうかみは、ぐるぐるとその場で回りだし、そして がぶっ! てんろくんの頭の大切なグレートギャッツビーに、噛み付いてしまいました。
びりびりっ!
「デイジー、すべては終わったんだ」と彼は言った。「そんなことはどうでもいい。ただひとこと真実を告げればいいんだよ。この男を本当に愛したことは一度もないんだって。そうすればすべてはまっさらになるんだ」
そんな言葉がひらひらと宙を舞い、落ちていきます。
ああっ!大切な売りものが。三浦さんが一生懸命心をこめて選んで、ぼくに教えてくれた大切な本が。大切なギャッツビーの言葉がおちていいく・・・。
はっと我に返ったふたりは、あわてて切れたページを拾いに行きます。
・・・どうしよう。
ちぎれた、てんろうかみのギザギザの歯形がついたページと、頭のうえで折れ曲がったグレートギャッツビーを交互に見て、呆然とするふたり。
「・・・てんろくん、おれ、悪くないよ。てんろくんがおれのしっぽをいきなりつかむから!」
焦った顔をして汗をだらだら流しながら、てんろくんに言う、てんろうかみ。
「もともとは、きみがなっちゃんのスカートにかみつくとか言うからでしょ!きみのせいだ!」
「だって、おれはさ、みんなをちょっといたずらしたかっただけだよ!本当にかみつくつもりなんかなかったよ!」
ぎゃーぎゃー言い合うふたり。けれど、どんなに言い合ってもページがもとにもどることはありません。
「グレートギャッツビーは、いい本だ。いい男の本だ。三浦さんがちゃんとえらんでぼくに託してくれた本なんだ。それを、天狼院に住まわせてもらって、本の面白さを教えてもらっているぼくらが、一瞬で台無しにしてしまったんだ。これは一冊ぶんの赤字になってしまったっていうだけの話じゃないような気がする」
「・・・そうかな。僕はよくわからないよ。セロテープでくっつけて、棚にこっそり戻しておけばばれないんじゃないかな」
「だめだよ。きちんと三浦さんに話して、謝らなきゃ。それがいい男ってもんだ」
グレートギャッツビーにすっかり影響されているてんろくんは、さっさと三浦さんの所に行って、謝りに行きました。
「三浦さん!ぼくら、グレートギャッツビーをこわしました!」
堂々と言うてんろくん。怒られるのがこわいてんろうかみは、てんろくんのうしろに隠れます。おれが噛みついちゃったこと、言うのかなあ。
すると三浦さんは、理由をききもせず、
「今日預けてたギャッツビーか。このページが破れたんだね。このセリフ。うんうん、やっぱりギャッツビーはいい男だね。本物の男なら、この本をよまなくちゃ。うん。 よし、決めた!この本を売ろう!ギャッツビーコーナー、作ろう!本がだめになったなら、もとをとればいい」
え?
驚くふたりをよそに、三浦さんはギャッツビーを大量に発注しました。それも、英語版まで。
「てんろくん、てんろうかみ、いいか?この一冊分は、ビジネスを知るための授業料だったと思うんだ。この破れた一冊がなんでもないくらい、ギャッツビーを売れ!まかせたよ。自分のミスは、自分でなんとかしろ!」
こうして、てんろくんとてんろうかみは、思いがけず、ギャッツビー売り場作りを任されました。ふたりは必死になって、本を運び、綺麗に陳列し、ポップをつけました。てんろくんは、必死で読み込み、読書会で、こっそり石坂君に耳打ちして、面白いところを語ってもらい、てんろうかみは、本当の男とかはよくわからなかったけれど、じまんのしっぽを一生懸命動かして、売場の掃除をしました。
グレートギャッツビー、面白かったです! 一ヶ月後、そう興奮気味に、三浦さんに話す、お客さんの姿がありました。 天狼院BOXのかげからこっそり微笑む、てんろくんとてんろうかみは、今日もまたせっせと、BOXのパトロールに向かうのでした。