メディアグランプリ

赤川次郎さん、ごめんなさい


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記事:臼井裕之(ライティング・ゼミ土曜コース)
 
「こいつ、ジャニーズ系のアイドルかよ!」
赤川次郎という作家の名前は、もちろん知っていた。
でも読んだことはなかった。
私が若いときは、敵意の対象でしかなかったからである。
 
1980年代、赤川次郎はすでに絶大なる人気を誇る作家だった。
人気があるのは別にいい。
その人気のあり方が気に入らなかった。
本の表紙に、著者の顔写真が載っていたりする。
まあ、載せたっていい。
なんで白いセーターを着て、頬杖をついている写真なのだ?
 
当然、若い女性たちにキャーキャーいわれていた。
気に入らなかったのは、そこである。
そう、私は嫉妬していたのだ。
私も一度でいいから、キャーキャーいわれてみたかった。
 
それから30年の時が流れた。
 
最近、私の妻があろうことか彼の作品を図書館から借りて来た。
500頁ほどある分厚い本である。
黒地に白い文字で「東京零年」とある。
「とうきょうぜろねん」と読ませるようだ。
赤川次郎なのに、なんか重厚な雰囲気。
 
社会派の作品が好きな妻が、一生懸命読んでいた。
間違っても若いころ、キャーキャーいっていた口ではない。
赤川次郎と私の妻というのは、いかにもミスマッチである。
 
一体何があったのだ?
 
ちょうど私は速読の練習をしていたところだった。
練習するには、うってつけである。
妻がなぜ赤川次郎を突然読みだしたのか、知っておいても罰は当たるまい。
そう思って、妻が読み終わった本を手に取ってみた。
 
あくまでも速読の練習のはずだった。
だから100頁くらいまでは超斜め読み。
 
100頁を越えたあたりから、様子が変わってきた。
読むスピードが遅くなってきた。
読むスピードなんか、どうでもよくなってきた。
やばい、やめられない。
 
小説の調子は、純然たる赤川次郎スタイルである。
赤川作品を読んだことのなかった私にも、それは分かる。
ともかく読みやすい。
 
そしてエンターテイメントである。
死んだはずの人が実は死んでいなかった!
そんなどんでん返しが3回くらいある。
 
でもメッセージは重い。
 
場面設定は近未来の日本である。
監視カメラで、人々の行動は当局に筒抜け。
マスコミも、権力にとって都合のいいことしか報道しない。
頼りの綱はツイッターだけである。
ツイッターで拡散される「不都合な真実」も、どんどん削除されていく。
反体制運動は弾圧され、封じ込められ、挙句のはてに懐柔されてしまう。
もう誰を信じていいのか、分からない。
 
そんなストーリーにも、欠かせないのはロミオとジュリエット。
 
息詰まるような体制を築きあげた張本人である元検察官の息子と、そのような体制に反対する活動家の娘が出会って、お約束のように恋に落ちる。
 
「ロミオ」にとっては、それは父への反抗も含んだ成長の過程なのだ。
 
もっとも本書には、もう一つの成長の過程も描かれている。
なんと、「ロミオ」の父(=元検察官)の成長である。
 
「ロミオ」の父には、抑圧的な体制を築いた功績によって、権力から社会的地位、そして富が与えられていた。
 
しかし彼は、若い愛人の不審死をきっかけに真実に目覚めてしまう。
体制側から見れば、元検察官の「転落」である。
だが彼自身にとっては「転落」の過程が、成長の過程だったのだ。
 
最後の方で、彼はかつての部下にこういう訊ねる。
「今の俺は『危険因子』だ。そうだろう」
 
「危険分子」となってしまった彼は、こうも言っている。
「日本を支えているのは、ああいう人たちがなんだ。首相でも大臣でも検察官でもない。自分の仕事に誇りを持って、汗水たらして働いている人々なのだ」
 
不覚にも私はここで、涙が出そうになった。
ここには赤川次郎の、渾身のメッセージが込められている。
 
赤川次郎さん、今まで誤解していてごめんなさい。
 
最近、新聞に載っている顔写真を見る機会があった。
かつてのチャラチャラした(?)雰囲気は影をひそめていた。
もうすっかり単なるおじいちゃんである。
 
「あの赤川次郎がこんなになったの?」とちょっと衝撃だった。
でもかえって親近感を感じなくもない。
彼より20歳近く若いが、私もだんだん寄る歳波を感じているからである。
これならもう若い女性にキャーキャーもいわれまい……。
 
でも歳を取っても、こんな熱いメッセージを発していた。
今まで知らなくてごめんなさい。
 
ちなみにこの本は2015年の出版である。
もっとも雑誌連載は、2012年から2014年にかけてだそうだ。
 
舞台は近未来の日本と先に書いた。
本当は今の日本を覆っている雰囲気を、ほんのちょっぴり先駆けて作品にしたというべきかもしれない。
いずれにしても、歳を取っても温厚そうな感じは変わらない著者が、日本の現実に憤りを感じていることがひしひしと伝わってくる。
 
赤川次郎ファンにも、またそうでない人にもお勧めである。
最初は斜め読みでも構わない。
そのうちにやめられなくなる。
 
そして最後に気になるのは、おそらく次の点だろう。
果して父と息子の成長は、ディストピアと化した日本社会を変える原動力になるのか?
 
実は父はついに英雄となる。
しかし一体どんな英雄か?
そこは、死んだ人が「生き返る」ような小説である。
一筋縄ではいかない。
ぜひ、ご自分で確認してほしい。
 
 
 
 
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2019-03-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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