メディアグランプリ

田舎にはリベロが必要だ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:藤根悦子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「え〜っ!」
「待って! 待って! 待って!」
と、叫びながら、私はクラクションを鳴らした。
しかし軽トラックは、ゆるゆるとバックして来た。
 
それは、やっと念願の新車を買って一年目の点検を終え、ディーラーからの帰宅途中だった。
赤信号で停止線の先頭に止まっていた軽トラックの後ろに、私の車は十分な車間を開けて止まっていた。
 
クラクションの音に気が付いたのか、軽トラックは一瞬止まったが、再びバックして来たのだ。
後ろには車が何台も繋がっていて、逃げようがない。
私はまたクラクションを鳴らした。
「止まってー!」
 
クラクションの音も私の叫びも無駄だった。
軽トラックは軽い衝撃と共に、新車のナンバープレートを押し曲げて、ボンネットにも傷をつけた。
 
スピードが出ていなかったので、大きな事故にはならなかったが、曲がったナンバープレートを見た時のショックは忘れられない。
 
軽トラックを運転していたのは、今、社会問題になっている高齢者だった。
 
「ずっとクラクションを鳴らしていたのに、気づかなかったんですか?」
「どうしてバックしたんですか?」
 
私の質問への答えも、のらりくらりでラチがあかない。
もちろんすぐに警察に通報した。
 
警察官が来て現場検証が始まった。
「もうすぐ信号が青に変わると思ったので、ブレーキから足を離したらバックした」
というのが理由だった。
 
その交差点は少し勾配があるのだが、オートマチック車ならあり得ないことだ。
マニュアル車!
高齢者がマニュアル車を運転すると、こういうことが起こるわけだ。
 
以前にも、ホームセンターで駐車した直後に、隣のスペースに駐車しようとバックした軽自動車が、私の車にぶつかって来たことがある。
その結果、サイドミラーが粉々になり唖然としていると、運転していた高齢の男性は、
「申し訳なかった」
と言い、2万円を私に渡して立ち去った。
ナンバーを控えることもできず、警察も呼べなかった。
 
そんな経験から、高齢者の運転による事故のニュースを見るたびに、高齢者は早めに免許証を返納するべきだと思いこんでいた。
 
しかしある日、一緒にニュースを見ていた息子から
「母さんも70歳になったら、免許証を返納してくれよ!」
と言われて愕然とした。
 
私は70歳まで、あと10年も無いのだ。
田舎に住んでいると、車が無い生活は考えられない。
個人事業主なので、まだ10年後は仕事をしているだろう。
都心にも頻繁に出かけるが、何しろ駅まで歩くと40分もかかる。
バス停までも徒歩10分かかるのだが、そのバスが1時間に1本しか来ないのだ。
だから車で駅まで行き、パーキングに駐車して電車で出かける。
懇親会などでお酒を飲む予定がある場合には、バスやハイヤーも利用する。
 
しかし、家族5人分の食事の買い出しは、車が無いと生活ができない。
飼い犬を病院に連れて行くのも、車が必要になる。
小型犬なら、バッグに入れて出かけることも可能だが、大型犬なのでそれはできない。
どう考えても、車が無い生活は考えられないのだ。
 
ニュースで見る高齢者の事故の背景にも、自分のような事情があるのではないか? と思った。
私はまだ自分が高齢者と言われるようになるのは、何十年も先のように思っていたが、他人事では無いと気づいた。
 
先日、バス停まで行く途中で、いつも通る抜け道が工事中で通れなくなっていた。
そこを通らないと、バスの時間には間に合わない。
強行突破することもできないので、表通りを小走りでバス停に向かった。
すると前方からバスが来て交差点を左折した。
左折した先にはバス停がある。
どんなに走っても、バスより先にバス停に着くことはあり得ない。
 
諦めかけたが、乗り降りする人がいなくなってもバスは発車しないのだ!
私を待っていてくれている?
そう気づいて、全速力で走った。
 
息を切らしながらバスに乗り込み、すでに乗車している人たちと運転手さんに向けて、
「すみません!」
「ありがとうございます!」
と、お詫びとお礼を言った。
 
有難いことだった。
それと同時に、「まるでリベロみたいだな!」と思った。
 
その後、仕事先の狭い道の住宅街を走る循環バスに乗った。
駅から遠い、大型バスが入れない地域を走る、ワンボックスカーを改造したバスだった。
そのとき、「これこそがリベロだ!」と思った。
 
リベロは、バレーボールで前衛の選手が受けられなかったボールを、着地させないように受け止めて、相手チームを攻撃するボールになるような立て直しをしてチームの選手に戻す。
チームのミスをカバーするために、とことんボールを追いかける。
一見、華やかに見える前衛の選手よりも、遥かに運動能力を求められるポジションだ。
そしてチーム内で1人だけ、違う色のユニホームを着ることも、とてもカッコイイのだ。
 
中学生のときの息子が、背が低かったのにバレーボール部に入部して、3年間リベロとして活躍したことが誇らしくもあったことを、懐かしく思い出した。
 
田舎は狭い道も多い。
そして断然、高齢者の人口が多いのだ。
その上、農業を営む高齢者も相当な割合だと思う。
そこで、農作業に必要な農機具や農業用の車などを運ぶ手段は、軽トラックしか無いのだ。
たとえ自分の運転に、多少の不安があったとしても、後継者がいなければ運転せざるをえないではないか!
人を乗せる循環バスが走る地域は増えつつあるが、農業のためのリベロは今のところ無い。
 
そのような取り組みをしない限り、高齢者の運転による事故は減らないだろう。
ニュースでは高齢者が悪者になっている。
高齢者を責める前に、そうしなければ生活できない現状があることを理解したい。
 
私は70歳になったとき、免許証を返納するかどうかはまだ決めかねている。
しかしそのときに、私が住んでいる地域でリベロが活躍していたら、迷わず返納するだろう。
 
 
 
 
***
 
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2019-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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