富士の登山と創作活動
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:森崎尚子(ライティング・ゼミ特講)
時計の針が十二時を回る。
私はまたか、とため息をつく。
これで何回目だろう。書こうと決意したネタを放棄するのは。
昔から小説を書くのが好きで、小説家になりたいと思っていた。
いっときは新人賞に応募したりもしていたけれど、一次選考も通らず。
だんだんオリジナルを書くのが苦しくなった。
書きたいはずの文章が書けなくなって、ネタが出ないとか時間がないとか別件があるとか、色々理由をつけてはやらずに終わる。
書きたくなったら書けばいい。そんな自分の甘言に乗って、どれだけ時間が過ぎただろう。
なんとなく苦しい。書こうという気が削がれる。気がつけば優先順位を低く見積もる。
飽きずにネタを頭の中でこねくり回す。
そのたびに忙しいはずの時間を割いて、パソコン立ち上げエディタを開く。
そして書かない。
この苦しさはなんだろう。そう思った時、ふと思い出す。
この苦しさは登山に似ている。
私は登山が好きではない。
そもそも運動全般が苦手で、体力も持久力もない。多分百メートルも走れない。
すぐに息が上がってしんどくて、運動なんてやめておけば良かったと後悔する。
そんな私は、かつて一度だけ富士登山をしたことがある。
当時仲が良かったランチ仲間のおばちゃんに誘われたから。そんな軽い気持ちで参加した富士登山は散々だった。
登っても登っても先が見えない。
足は棒になり、呼吸は荒くなり。歩いても先が見えない。
ご来光に合わせて山小屋で一泊する行程だから、日が落ちると当たり前のように暗い。
右足を出したから左足を出す。左足を出したら今度は右足。
それを繰り返し、ただひたすら繰り返し。
がんばれ がんばれ 私 そんなことをぶつぶつと呟きながら登った
永遠に続くと思われる、富士山九合目。登っては次の丘が見え、丘を超えたらまた次の丘。
あの丘を超えたら山頂だ。そんな期待はすぐ裏切られ、次の丘が現れる。
山頂なんてあるのか。自分は異次元空間でループでもしているのか。
そんな不安にとらわれるが、とにかく進むしかない。
そしてその瞬間は訪れた。
登った先に丘がない。出した右足が平地を踏む。
永遠に来ないと思っていた山頂は、あっけなく来た。
次の丘を探すが見当たらない。呆然と立ちすくんでいたその時、ご来光が差し込んだ。
目の前が黄金色に染まった。
紺色だった空に一筋の白金が走り、天と地を分ける。たった一つ現れた光の珠が、濃紺を紅と白と青に変えていく。
太陽が地平線から顔を出す。風が足元に吹き下ろし、雲になって吹き下ろす。
そう。私はついに来たのだ。
富士山山頂に。
あの時の感動は、まだ忘れていない。
山道の苦しさも、ご来光の美しさも。
あの時の深夜の山道のように、いつ終わるとも知れない不安が心の中にある。
ネタもやる気も強制力もない。
私が文章を書いて、誰が喜ぶのだろうか。
楽しい時間を割いて文章を書いて、誰が楽しむのだろうか。
誰も喜ばない。誰も楽しみにしていない。
公開しない文章は、誰も待ってはいないから。
ではなぜ小説を書こうとするのか。
文章を書くのが好きだから。それだけしか理由が思い当たらない。
何故好きなのか。
それはきっと下手くそでも、二次創作でも、最後まで書き上げた瞬間の感動が、あの時のご来光に似ているからだ。
ただ山登りと違うのは、素人の小説書きはすぐに「やーめた」と降りることができる。
私は山を降りていたのだ。いつもいつも。
登山を途中でやめて帰るのはなかなか難しい。
小説書きを途中でやめるリスクは、少しの自己嫌悪。
その少しの自己嫌悪が降り積もると、きっと新しい山になる。積もった山を超えなければ、本当の山にも登れなくなる。
ならば、少し頑張ってみよう。
いつ終わるとも知れない山道を登った先にご来光があったように、ただひたすら書いた先にもきっとご来光があるから。
登山家が山に登るのは、そこに山があるから。
そんなところも、文字書きと登山はよく似ている。
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