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チーム天狼院

春の雨のような恋を思い出した夜。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜


記事:松下広美(チーム天狼院)

いつもより早めに帰ろうと、職場を出た。

数十メートル歩いたところで、冷たいものが頭に落ちた。

見上げるとどんよりした雲。

スマホの天気予報を見ようとしたら、そのスマホの画面に雨粒が落ちた。

雨か。

桜もほとんど散ってしまい、葉っぱが目立ってきた、春の日。

暖かい空気の中に、雨が落ちる。

そういえば、あの日も雨が降ってた気がする。

「なんか、急に雨が降ってきたよ」

「マジか? 雨予報だったっけ?」

急な雨に、傘を持っていなかったので、いつもより勢いよく店内に入った。

いつもの場所は、いつもの空気と変わらない。

「何にする?」

「ビールで」

注文と同時に席に座る。

カウンターの右の端っこ……の隣。

本当は端っこがいいけれど、先約がいた。

入社した年に見つけたその店には、最初の頃こそ友だちと行っていたが

いつのまにかひとりで行くようになっていた。

当時の20代の私にとっては、ちょっと背伸びした店。

イタリアンの創作料理が美味しくて、お酒もすごく美味しかった。

お待たせしました、の言葉と一緒に運ばれてきたビール。

バーテンダーのひとりと「お疲れさま」とグラスを合わせる。

「ひとりで飲みに行くって、何してるの?」と聞かれることもあった。

何をしているわけでもない。

携帯を見たり、お店の人と話したり。

ときどき、オープンからラストまで入り浸ってて、なんて話を友達にすると、

「マジで何してんの?」

って言われるけれど、そのお店の中の時間の流れは、とても心地よかった。

ただ、その雨の日は、ちょっとだけ、違ってた。

違ってることに気づいたのは、ずっと後だったけど。

ビールを2杯飲んで、その後はボトルのバーボン。

いつものペース。

週末だったからか、お店は混んでいた。

お店のスタッフが、バタバタしていて、あんまりゆっくり話せず、ちょっとだけ時間を持てあます。

そんな私に気づいたのか、

「彼ね、格闘技やってるんだって」

と、私より先にいた、カウンターの端っこの彼を見て、スタッフがいい感じで話を振ってくれた。

「えー、そうなんですか!」

と、お酒の力もあり、少しオーバーリアクションで返事をした。

酔う、という感覚は、私にとっては人見知りを和らげてくれるためのアイテムだった。

いつもは初対面の人とは、うまく話すことができないけれど、お酒の席だったら仮面を被らせてくれる。

カウンターの席には、常連さんが多い店だったけれど、ときどき初めて見る人もいる。

常連さんとは「お疲れ!」とか「久しぶり」とすぐにいつも会っている友人のように話す。

初めての人とは、スタッフの力とお酒の力を借りて、話す。

その日も、いつもと一緒、だと思ってた。

「格闘技やってるんですね」

「そうなんですよ」

「いつからやってるんですか?」

「学生の頃からだから、もう何年になるっけ……」

と、話し始めこそ、借りてきた会話のようになっていたけれど、だんだんそのお店の空気になじんで溶けていく。

なにもつっかえることもなく会話が盛り上がる。

傍から見たら、前から知ってる友達だったんじゃないの? くらいに盛り上がっていた。

カウンター席だと、常に相手の顔を見ているわけじゃないけれど、不意に目が合ったりすると、ドキッとする。

ドキッとして目を少し下に持ってくると、彼の二の腕が見える。

二の腕を見て、余計にドキッとした。

格闘技をやっている、というだけあって、すごい筋肉。

フェチでもなんでもないけれど、適度なたくましさには、心惹かれた。

あの腕で抱きしめられたら、どんな感じなんだろう、と想像もした。

ちょっとだけ、触れてみたい、と思った。

いや、でもいくらなんでも、お酒飲んでるからって、初対面の人に……。

でもちょっとだけなら……。

「そろそろ帰りますね」

「あ、ホントですか! じゃあ、また」

「じゃあ、また」

シーソーのように気持ちを揺らしていたら、楽しい時間は終わってしまった。

そして、楽しい時間は「また」訪れることはなかった。

彼に触れることができたなら、何か変わったのだろうか。

お酒は、完全に力を貸してはくれなかった。

彼との間に、薄く、丈夫な壁がそびえ立っていた。

お互いに、最後まで、それを壊そうとはしなかった。

壊そうとしなかったのには、理由がある。

また会える、と思っていたのだ。

彼はこのお店を気に入っているようだったし、私も結構な頻度で通っていた。

いつかまた、会えると思っていたのだ。

だから連絡先も聞かなかったし、名前すら聞かなかった。

「じゃあ、また」

と、その言葉で別れたんだ。

「また」があることは、とても幸せだ。

また会える、また会いたいと思うから、人は動かされる。

「また」を待つのではなく、自分で作りたいと思うようになったのは、このこともひとつのキッカケかもしれない。

「また会いましょう」を必ず実現できるように努力するようになった。

残念ながら、恋や愛には発展してこなかったけれど。

通り雨のような、恋にもならなかった想い。

ふと思い出したのは、今日の雨が、そのときの雨に似ていたからだろうか。

春の雨のような恋。

そんな恋でもいい。そろそろ恋がしたくなってきた。

***

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