あの日、私の腰へ手を回そうとしたおじさまへ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。
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記事:鳥井春菜(チーム天狼院)
(まだ世の中が深刻になる前のお話。)
腰にまわった手に、ぎょっとした。手の主に会ったのは、ほんの数時間前である。
友人と訪れたカラオケバーでの出来事だった。こじんまりとしたそのバーは、まさに「知る人ぞ知る」といった感じで、私たちがドアを開けたときにも、マスターと常連のお客さんが軽口を叩き合うほど“馴染みの空気”が出来上がっていた。なんでも、友人は会社の上司達とよく飲みにくるらしい。小さな店内でカラオケを回していくと、なんとなく客同士もエールや野次を飛ばしあってゆるりと混ざっていく。そんな時、私たちが座っていたソファーにとあるおじさまがやってきた。そして隣に腰をおろすと、不意に私の腰へと手を回そうとした。
体が反応するとはこのことで、腰に手のひらの温かさを感じた瞬間に、反射的に反対側へと腰をずらす。酔ったおじさまは、そんな私の動きには気が付かなかったのか、さらに両手をこちらの頬へと伸ばそうとしてくるものだから、革のソファをするり滑り降りて、思わず別の椅子へと避難してしまった。なんだこれは。私は戸惑い、それから瞬時に憤慨した。この人はどうしてこんな行動を? なんて図々しいんだろう。
おじさまが、腰に手を回してきたこと、手を伸ばしてきたこと、そして何より、おそらくそれが許されると思っていたこと……それら全てが不可解だったし、その次には不愉快に感じた。ついでに言えば、私が席を離れたことに「元の場所へ戻ってくださいよ~」と酔い任せて土下座してくる若い男性も意味がわからない。なんだか相当に、勘違いしているらしいと思った。
心に湧いた驚きと腹立ちは、混ざり合い、次第にぐつぐつと煮立っていった。なんだあの人は。私に何を求めているんだ、求めていいと思っているんだ。この時代にまだこんなことが起こるなんて。女性をなんだと思っているんだろう。おじさまにも腹が立つし、土下座してきた無責任な男性にも腹が立つ。いやだけど。もっともっと考えてみると、おじさまに「乾杯してきてよ。そしたら、ここ全部持ってくれるから。お願い」と私に声をかけてきた友達にも本当はイライラしていたのだ。彼は、どうして私にそんな「役割」を担わせようとしたのだろう。そうして結局、一番悔しいのは、一度は断ったものの最終的には雰囲気負けしておじさまとグラスを合わせた自分自身のことなのだ。そうやって、「いけるかも」という隙を見せてしまったことを今さら猛烈に後悔し、自分にも腹が立った。
ふと目を向けると、カウンターでは、さっきのおじさまと若い女性が楽しげに話をしている。顔の距離がめちゃくちゃ近い。一体、何なんだ。私は燃える心に冷や水をかけられたような気分がして、一気にやるせなくなった。カルチャーショックとはまさにこのこと。あぁ、どうしてこんなに、この空間では女性が「女」という性別で存在しているのだろう……
その夜は、回ったアルコールと嗅ぎすぎたタバコの匂いのせいで頭痛がしていたのに、なかなか眠れなかった。腹立たしくて、悔しくて、やるせなくて。腰に手を回されて、頬に触れられて、「うふふ」と笑っている。そんなことを期待されていたのだろうか。女という性別が先行して、一人の個人としての中身は全て無視されたような感覚だった。私が私である前に、私は女なのだと決めつけられた気がした。なぜそんなことがまかり通るのか。まかり通ると、思われているのか。
だけども、わかってもいた。それは少し古い考え方を持ったおじさまが酔ってやったことだって。みんながみんなそうじゃないし、そんなことに一喜一憂するのは時間の無駄なのだ。それでも、そういう思考をまざまざと見せつけられ、突きつけられると、驚きと憤りを隠せないし、私は一夜、そうした感情をどう処理することもできずに持て余した。
性別に閉じ込められているのは、きっと自分だけではない。誰だって自分の生まれた性について社会的期待を押し付けられたくないと感じることがあるだろうし、そもそも二つに一つではなく、自分の中にどちらの性を認めることもあるのではないか。
(女性については「男まさり」、男性については「女々しい」といった言葉があるけれど、これは結局つまり、男女ともにどちらの特性も持っていて、女っぽい、男っぽいと規定しているのは「社会」なのだという証拠だと思う。)
あるいは、規定されるのが嫌だと思う一方で、自ら望んで「女性らしさ」「男性らしさ」を自ら強調したり、楽しむこともある。つまり、私たちは社会的な性別について、選べるんだと、私はそう思う。「女々しく」いたい気分の日も、「男らしく」過ごしたい日も、男女ともに誰にもあるんじゃないか、と。だからこそ、周りが見た目だけで自分に何かを期待してくるとき、それが嫌だと思うなら、自分が一番自分をコントロールしなければならないのだと、その夜を越えて、そんなことを心の内で噛み締めた。
私の腰へ手を回してきたおじさまへ。あなたはあの日のことなど、もう露ほども覚えていないでしょう。思い出したこともないでしょう。あなたの周りの女性とは、彼女が「女性らしく」あることで、あなたと彼女の利害が一致していたのかもしれません。しかし、女は、誰にとっても女なわけではありません。誰しもそうであるように、好意を寄せられたい相手に対して異性としての魅力を活用することがあるだけです。あなたことを本当のところで許せないし受けれ入れられない私は、多分その理由は、同じくらいに自分の行動に後悔しているからだと思うのです。あの時、乾杯なんてしなければよかった。その一つのアクションが自分を女の中へ閉じ込めたのかもしれないから。あなたの勘違いを呼び起こしたのかもしれないから。でもそんな風に自分に落ち度を見出してしまうのも、世の中の「規定」に屈しているようで嫌だったりするんです。
苛立ちに後悔がブレンドされて、消化しきれなかったこの気持ち。あなたが知ったら、驚くかもしれません。あの日、あなたの手から逃れっていった女の子は、こんなことを思っていたんだって。私が今思うことは、願わくば、あなたもカルチャーショックを受けてくれること。私の腰へ手を回そうとしたおじさまへ。
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