メディアグランプリ

台風一過、非常事態に学ぶ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【10月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Keiko Nakase(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「倒木により運転再開未定」
午前9時20分過ぎ、電車の運行状態を知らせるメールが入る。いつも使う路線の情報だ。
「うそ、やばい……」
 
台風一過の月曜の朝、予想通り東京都内・周辺の電車網は大混乱だった。登録した路線の運行状況の情報がスマホのアプリに次々と入ってくる。
「赤坂見附に午後12時からだから、大丈夫」
フリーランスで働く私はよほどのことがない限り自分の都合では休めない。こんな日でもクライアントから連絡がない限り行かなくてはならない。しかも遅刻は致命傷、つまり終わりを意味する。
 
午前8時半、いつも使う路線はまだ運転を再開していない。安全点検中だという。
隣の駅を通る別の路線は遅れがあるものの運転しているとの情報が入っていた。
「ダメならそこまで歩いて、遠回りになるけど別の路線で行こう」とシミュレーションをしつつ出かける準備をした。
そのうち動くだろう、と思っていた矢先の9時20分頃、「運転再開未定」のメールが入る。
一気に不安になる。とにかくバッグを取って家を出た。
「隣の駅まで歩いて、新宿へ行って地下鉄か山手線で……。大丈夫、これだけ時間があれば、大丈夫。」歩きながら焦る自分に声をかける。
台風一過で日差しがきつく、気温も上がり始めている。気が付くと、結構な数の人が同じように歩いている。
「そうだよね、私だけじゃないよね」駅は相当混雑しているに違いない。
 
10数分で隣の駅に到着した。やはり混雑している。人をよけながら階段を上ってホームに着くと、そこには見たことのない、異様な光景があった。狭くないホームに満員電車並みにびっしり人がいるのだ。私は階段を上がったところから動けず、そこで並ぶしかなかった。
「甘かった」
自分の危機管理能力の甘さを恥じた。とにかく来た電車に乗るしかない。
 
ほどなく電車が来たが、勿論乗客でいっぱいだ。扉が開いて乗客が降りると、待っていた人が一斉に電車に乗ろうとする。しかし既にいっぱいの電車にそれほど多くの人は乗れない。何人かが諦め、駅員がそれでも乗ろうとしている人を押して扉が閉まり、電車が動き出した。
その様子を見てようやく私は事の重大さを認識した。
「本気でやばい。次は何が何でも乗らないと。」最悪の事態が頭に浮かぶ。
 
次の電車もやはり同じ状況だ。目の前の乗車口からは今度も乗れそうにない。
「これに乗れなかったら、私、終わりだ」
そう思った瞬間、いつもと違う感覚が走った。一瞬周りが静かになったのだ。
そして辺りを見ると、隣の扉の乗車口に、乗客であふれてはいたが、足1本入れそうなスペースがあるのが見えた。私はそこをめがけて走った。足を入れて、「すみません!」と言いながら体を押し入れた。
この時、私の体半分はまだ電車の外だった。すぐに扉が閉まり始めた。駅員さんの手を借りて体を押し入れ、カバンを引っ張り入れ、ドアに挟まれていたもう一本の足も中に入れて、なんとか車内に収まったのだ。
電車の中はサウナ状態ですぐに汗が流れてきた。でもそんなことはどうでも良かった。
「これで大丈夫」体の緊張が緩むのが分かった。
 
しかし世の中はそれほど甘くない。
新宿駅は想像以上の混雑だった。まず地下鉄の乗り場へ向かうと、改札の外に何十メートルもの列ができていた。頭で考えるより先に足が動いてJRへと向かう。自分にこんな俊敏性があったのかと驚いた。
JRの駅構内は通路も人で埋まり、動くに動けない状態だった。文字通り人の海を泳いで山手線のホームにたどり着いたが、私の後ろの人から入場規制で階段の途中で止められていた。
この時すでに11時。すぐに電車に乗らないと間に合わない。焦りが頂点に達する。
5分ほどして電車が来た。待っている人がここでも一斉に乗車口へと押し寄せる。「次の電車」という選択肢は私の中にはなかった。押されながらもなんとか乗り込めた。
「どうか途中で止まりませんように」
いつもよりゆっくりと走る電車に揺られながら祈り続けた。
およそ20分後、無事、渋谷駅に到着した。緊張したまま電車を降りると、「運行間隔の調整のため、しばらく停車します。運転再開は未定」とのアナウンスが流れた。
これはもう奇跡だ。
 
その後はいたってスムーズだった。予定通りの時間に赤坂見附に到着した。そしてクライアントから会議延期の連絡。電車運休で関係者が出社していないとのことだった。
「ではまた後日よろしくお願いします」緊張の糸がほぐれる。
 
もしあの超満員電車に身体を押し込まなかったら、もし山手線で「次の電車でいい」とあきらめていたら、今頃……。たくさんの「もし」、そして最悪の結果が浮かぶ。けれど実際には遅刻せず、待ち合わせ場所に到着した。
非常事態の中で下したあの一瞬一瞬の判断力と行動は、私が普段忘れている身を守るための潜在能力が引き出してくれたものだと思う。大げさに聞こえるかもしれない。けれど、この奇跡とも言えるような一連の出来事は偶然とは思えない。
 
とはいえ、もうあんな思いは絶対にしたくない。二度とご免だ。
自分の中の潜在能力にばかり頼ってはいられない。
危機管理能力をさらに高める! と誓った台風一過の月曜だった。
 
 
 
 
***
 
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 
http://tenro-in.com/zemi/97290
 

天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


2019-09-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事