緊張は楽しむものである
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:藤千紘(ライティング・ゼミ秋の9日間集中コース)
口から心臓が飛び出しそうだ。
深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
全力疾走した時と同じように鼓動の早い心臓は一向に落ち着く気配がない。
似ている。
初めてのレッスンの時と。
「よ、よろしくお願いします」
心地よい風が吹く中、私は音楽教室に通い始めた。
新しいことを始めるにはうってつけの季節だ。
「よろしくぅ!」
私の緊張をほぐすように明るく元気のよい女性の先生はおしゃべりだ。
発声練習の準備をしている間も会話が途切れることはない。
「アニメが好きだったよね?」
「はい」
かちかちの身体に硬い表情。
対照的な彼女は慣れた動作にころころと変わる表情で楽しそうだ。
こっちは声がちゃんと出るのか音を外さないか緊張の糸が切れないというのに。
「アニソン歌う生徒さん結構いるよ。アニメは何が好き? 私はね、少年漫画系のアニメよく見てたんだ。兄の影響でね」
「へぇ……」
指折りしながらアニメのタイトルをあげていく。
「あっ、それ、私も大好きです」
途中で大好きなアニメがあがり口を開いた。
「え、えっ!? そうなん!? 面白いよね! なんか、おすすめの漫画ある?」
「少年漫画なんですけど……」
私は今はまっている漫画のタイトルを口にした。
「知ってる! みんな面白いって言うの! オススメなら読むわ! じゃっ、おしゃべりはこれくらいにして、発声練習から始めよう!」
「はい!」
ほぐれていた緊張感が舞い戻ってきた。
「大丈夫よ。いっぱい練習してきたけん、いつも通りに。楽しんで歌いな!」
レッスンしてくれている女性の先生が目元を細めて声をかけてきた。
首を縦に動かすので精一杯な私に彼女はくすくすと声を殺して笑う。
「どうした!? らしくないよ!」
引きつった笑みを見せると我慢できなくなったのか声をあげて笑った。
そわそわと出番を待つ。
今はふたつ前の人がマイクを握って立っている。
「緊張を楽しむんだよ!」
また首を縦に動かすと少し不安げな表情を残して、控室にいる他の生徒に声をかけに行った。
緊張を楽しむ。
簡単に言ってくれるが、なんとも難しいことを口にしていった。
緊張は予定を乱す。
頭が真っ白になり、歌詞がわからなくなるばかりか音が聞こえなくなり喉の筋肉が強張って声が出なくなる。おまけにかかなくていい汗をかいて化粧を崩す。
それを楽しむことができるというのか。
目を閉じてステージに立つ私の大好きな歌手を思い浮かべる。
堂々と歌を歌っている姿は格好いい。
歌詞を間違えたらどうしようとか音が外れたのがわかったら恥ずかしいとか思っているから緊張するのだ。
「間違ってもいいんだよ。間違ったまま突っ走りな!」
レッスンを受けている時に聞いた言葉を思い出した。
間違っても声がでなくてもステージに立ち続ける歌手は見惚れるものがあった。
「……緊張を、楽しむ…………」
手が足が震える。
喉の調子を確かめるが、いつもと違う音が喉から出ている。
緊張している。楽しむことなんてできない。むしろ恐怖だ。
「次は、ぱぱさんです」
いつの間にか出番が回ってきていた。
「出てくださぁい!」
問答無用に引きずり出された私はロボットのような動きでステージの真ん中に立った。
曲紹介がされて音が流れる。
頭が真っ白になる。
すっと息を吸い込んで、出だしの音を出す。
出た。いつも通りだ。
あとは流れるように進むだけ。
歌詞は次から次に出てくる。間違っていない。
間奏のあとのクライマックス。
最初の言葉を間違えた。
それでも止まることはできない。
突っ走る。
勝手に歌詞を作る。
気づいている人はいるのだろうか。
曲が終わりお辞儀をして舞台袖に消える。
肩の力が抜けたのはこの時だった。
安堵感が身体全体に広がりどっと疲れが押しよせてきた。
「あっ…………」
緊張を楽しむ。
そういうことか。
歌詞を間違っても音を外しても、楽しかった。
歌うことを本当に楽しいと思えた時間だった。
またステージに立ちたいと思えるのは、緊張を楽しめた証拠だろう。
嬉しくなって口元に笑みを浮かべる。
「よかったよぉ!」
ライブ後の打ち上げで声をかけてくれた女性の先生。
「本当ですか!? 歌詞間違ったんですけど……」
「大丈夫、大丈夫! 全っ然、違和感なかったから! ばっちり!!」
何を根拠にばっちりなんて言っているのかわからないが、私も満足のライブになった。
緊張を楽しむ。
今まで緊張は恐怖にしか思えていなかったが、ライブに出場したことで『緊張は楽しむものだ』と認識を改めた。
一人で好きな歌を好きなように歌うのも楽しいが、緊張の中で歌う歌の響きは甘美で妖艶さを持ち合わせている。
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