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ユカギール族に学ぶ、現代人の処世術


*この記事は、「ライティング・ゼミ」を受講したスタッフが書いたものです。

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記事:金澤まおこ(ライティング・ゼミ特講)
 
 
狩猟民族の精神文化が好きだ。
なぜなら現代人が生き抜くための知恵が、沢山隠されているからだ。
今回はその中でも最近の一番のお気に入りの「ユカギール族」を紹介したいと思う。
 
ユカギールはシベリア東部にすむ先住民族だ。今は恐らく3,000人以下になっているのではないだろうか? ユカギール族は3つの部族に分かれていて、部族によって主な生業が違うのだが、今回はエルク(大型のトナカイ)猟をしているユカギールに焦点を当てる。
 
ユカギールの狩猟スタイルは独特である。
エルクを仕留めるために、エルクを模倣する。
エルクの毛皮で作ったコート、帽子を身につけ、エルクの毛皮を貼ったスキーでエルクのように歩き、エルクをおびき寄せる。
性的に誘惑するのだそうだ。雄のエルクのふりをして、雌のエルクを誘惑し、雄のエルクはなわばりを侵害されたと思い飛び出てくる。
そこを一気に仕留めるのだ。
ここで大事なことは、決してエルクになりきってはいけないということだ。
なぜなら、ハンターにとってエルクになりきることは、エルクそのものになってしまい、人間には戻れなくなることを意味する、非常に危険な行為だからだ。
 
「ハンターは人間であり、エルクである」
 
この時ハンターの中には2つの視点がある。
エルクとしての視点と、人間としての視点。
1つのからだの中に2つの視点を持ち、その視点を通して世界を見ることで、初めて獲物を仕留めることが出来るのだ。
 
2つの視点を持つのは何も、狩猟中に限られたことではない。
その精神は日常生活の中でも見られる。
生存戦略上必要であれば、部族の形式的な伝統や行為にとらわれることなく、どんどん新しい世界を受け入れていく。
旧ソ連時代に、ロシア人による統治が始まった時には、何のためらいもなく新しい習慣、新しい技術を取り入れた。ただしそれは行為についてのみで、精神はあくまでユカギールのままであった。
見事にロシア人を模倣し、尚且つ、ユカギールであったのだ。
その証拠に、ソ連が崩壊し、シベリア地区からロシア人が引き揚げた後、ソ連の発展した技術を使うことが出来なくなった時、また何事もなかったかのように、元のユカギールの暮らしに戻っていった。
 
私は上記のことを、文化人類学者、レーン・ウィラースレフの「ソウル・ハンターズ」という本から知ったのだが、読んでいる最中に、10年ほど前の娘とのあるやり取りを思い出した。
 
ある日、小学4年生の娘が、
「国語の授業が嫌だ。先生にあてられても答えたくない」と言い出した。
「どうして?」と聞くと、
「みんなの答えと全然違うから、責められたり、笑われたりするのが怖い」
「先生もダメだしするの?」
「うん」
「なるほど」
 
作者の意図を問う問題について言っているのだろう。
知っての通り、学習指導要領というものがあるので、国語の授業でも答えは1つだ。
その証拠に、国語の授業参観で、なかなかユニークで面白い意見を出していた子の答えを、先生が一刀両断で切り捨てているのを見たことがある。
 
「これは面倒くさいな」心の中でつぶやいた。
 
普段から娘の意見はユニークこの上なく、彼女の個性は最大限尊重したい。
だが、しかし、そのために先生に「多様な意見を取り入れるべきなんじゃないですか?」などと意見する気には全くならない。
戦ったところで何も事態は変わらず、学校との関係性が悪くなるのがおちだ。
私は少し考えてから、娘に聞いてみた。
「娘ちゃんは先生の望む答えはわかるの?」
「うん。だいたいわかる」
「でも、それはほんとの気持ちじゃないということだね?」
「うん」
「じゃあとりあえず、先生の望む答え言っとけばいいんじゃないかな? 本当の気持ちは、帰ってからお母さんにだけ教えて。お母さんは娘ちゃんの意見面白いから好きだけど、先生は決まりがあるから、ほかの意見はダメなの。わかる?」
「うん」
「先生と戦っても無駄だけど、自分が間違ってると思うのはもっとダメね。だから、学校では先生が望んだ答えを、如何に正確に出せるかっていうゲームしてると思ってくれる? 本当の娘ちゃんをわかってるのは、お父さんとお母さんだけじゃダメかな?」
「うん、いいよ。やってみる」
 
それから、娘の優等生の模倣が始まった。
友達同士でも空気を読んで、前に出過ぎずに模倣していた。
先生も誉めてくれるから、自己肯定感もあがり、心も安定してきた。
そして、娘の秀逸なところは、模倣はすれど、完全になりきらなかったことだ。
他人から見ても、優等生とはちょっと違うとわかるくらいには、自分を残していた。
2年程これを続けていたら、「娘ちゃんは娘ちゃんという、オリジナルの種族」という認識が定着した。
 
娘の中には、学校が望む子どもの視点と、娘自身の視点が同時に存在し、絶妙なバランスをとっていた。
まさに、ユカギールがとっている生存戦略そのものだ。
もし、自分を残さず完全に優等生になりきっていたら、今頃自分を見失い、自分探しの旅に出ていたかもしれない。
いや、旅に出ようという気概があればまだマシな方で、もしかしたら心を病んでいたかもしれない。
 
現代の教育は、よいこのストライクゾーンが、どんどん狭くなってきているように思う。
学校や親が望む子ども像になろうと子どもたちは懸命に努力している。
この不安定な時代を生き抜くためには、大人の言うことを聴いて、大人にコントロールされ、言われた通り真面目にやらなくては駄目だと思い込まされているように思う。
その期待に応えようと一心に努力した挙句、大学生や社会人になった途端、急に個性がないとか、自主性がないとか言われて途方に暮れる。
 
現代の若者よ、そんな事態に陥らないように、ユカギールから学んでほしい。
1つのからだに、2つの視点を持つのだ。
決して自分を見失わず、同時に、生存戦略上、攻略すべき相手を模倣すれば、現代社会でも楽しく、自分らしく生きていけるのではないだろうか?
 
先住民族の知恵は、決して忘れ去られるべきものではない。
今の時代に必要な叡智が詰まっている。
 
 

参考図書:ソウル・ハンターズ
~シベリア・ユカギールのアニミズムの人類学~
レーン・ウィラースレフ著 亜紀書房<・blockquote>
 
 
***
 
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2020-08-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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