メディアグランプリ

思い出を語りあうかわりに、本で話す


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記事:渡邉たかね(ライティングゼミ・通信限定コース)
 
 
人間って、ひとりで生きてるんだなあ。
そう、つくづく思ったのは、母を亡くしたあとだった。
 
家族のひとりを亡くして私たち残された家族は悲しんだのだが、その「悲しむ」という行為、「悲しむ」を構成している小さな小さな感情たちは、家族全員が共有できそうでいて実はできないことを、そのとき知った。
共有できなくて辛かったという話ではなく、経験してみて初めて知る事実にちょっと驚いたというか。
「人間はひとりで生きている」って、ほんとなんだなあと、どこかのんきに思った。
 
まず、残された側の立ち位置が違う。父は妻を、私と妹は母親を亡くした。
そして、私と妹が亡くした母親は当たり前だけど同一人物なわけだが、私たちの母親との関わりはそれぞれ微妙に違っている。
姉妹兄弟の順序は、母親との関わりに強く影響すると思う。
年齢差もある。ひとつひとつの思い出のビビッドさにムラがあるし、どちらかが覚えていないイベントもあった。
私は30代になったばかり、妹はまだ20代で、思春期以来の母とのそれぞれの葛藤も、まだ消化しきれていなかった。
 
それぞれの背景と抱えている感情がそうして微妙に違っていると、そっくり同じ「悲しみ」に沈むことができないと気付いた。
一緒に沈みたいのに、そのほうが慰められる気がするのに、なんとなく、父の、妹の、沈んでる悲しみの湖は、私のとは違うと思ってしまったのだ。
 
だから結局、私はひとりで湖に沈んでいた。
湖の底で、ひとりでメソメソした。
それは父も妹も同じだったろうとは思うが、それぞれの湖の底の話はしたことがなかったのでよくわからない。
 
しかし私たちは、いまいち共有しきれない思いを語り合う代わりに本を紹介しあった。
息継ぎをするように時々水の上に顔を出しては、母を偲ぶため、自分を励ますために読んだ、またはたまたま読んだら慰められた本を、紹介しあった。
 
最初に妹から受け取ったのは、リリー・フランキーの『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』だった。母が亡くなってから2カ月後ぐらいだったかと思う。
妹からは「時期的に読むのが早すぎた。ダメージ大きいよ」と言われたが、怖いもの見たさな感じで手を出し、やはり撃沈した。
私たちの母も「オカン」も、どちらも病気になり入院を経て亡くなるという設定が似ていた。ゆっくり衰弱していく様子には、さすがにボコボコにされた。が、泣きまくったら浄化された気分にはなった。
妹には「やっぱりキツかった」と言ったら、「そうでしょ?」と返ってきた。たったこれだけだが、本を介して気持ちを共有できたと思った。
 
そのあと、父から梨木香歩の『西の魔女が死んだ』がまわってきた。
主人公の女の子とその祖母のお話で、祖母は魂というものがちゃんと存在するということを、実際に自分の死の直後にそれを証明して見せる。
ラストシーンでその証拠をみたとき、主人公は祖母の「あふれんばかりの愛を、降り注ぐ光のように身体中で実感」するのだが、同時に私も母からのメッセージを受け取った気持ちになり、号泣した。
父はクリスチャンなので、年齢の割にはこういう話も素直に受け取れたのだろうと思う。父も泣いたのかどうかは知らないが。
 
それからしばらくして、私は本屋の新刊コーナーに小川洋子の『ミーナの行進』を見つけた。
このお話はもともと新聞に掲載されていた。母は入院する前に自宅で読んでいたらしくその話題を病院でされたことがあったが、私は看病のあれこれで取り紛れてそのまま忘れてしまっていた。
本屋ですぐに母が話していた本だと気付いて購入し、読み始めたら驚いた。
舞台の町が、私たち一家が暮らしていた実在の町だったのだ。
お話のなかでは、町の中の様子が忠実に描かれていた。なじみのお店、図書館、駅や山、川の風景。直接には書かれていない空気やにおいまでわかるようだった。
本の中のあちこちに子供時代からの私たち一家の思い出が重なり、私と妹と父は、ぽつぽつとその話をした。例によって重ならない思い出もあったけれど、本当はこれを私たちとしたかっただろう母の代わりに、懐かしんだ。
 
これらの本以外にも何冊か私たちは紹介しあったが、いつの間にか湖の底に定住するのはやめ、さらに十数年経った、先日。
私は実家の父の本棚に、西川美和の『永い言い訳』を見つけた。
作者は監督としてこれを映画にしていて、私は映画のほうを観たことがあった。
浮気ばかりしていた男が、妻を突然の事故で亡くし、同じ境遇の家族と知り合ったことで自分を見つめなおしていく話だ。
 
本を見つけたときは、ちょっと、どきりとした。
この本を読んで、父はかつての夫として何を思ったのだろう?
多趣味で元気そうに日々過ごしているが、実は、もしかして今も湖の底にいるのだろうか?
一瞬いろいろな思いがよぎったが、私は本を棚に戻し、そのまま父には何も聞かなかった。
息継ぎが必要な時もあるが、ひとりきりで湖の底に沈みたい時だってある。
 
人間は、ひとりで生きている。
でもそれは必ずしも悲しいことでも寂しいことでも、ないように思うのだ。
 
 
 
 
***

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2020-08-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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