メディアグランプリ

三十手前で思うこと


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記事:ゆーすけ(ライティング・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
「野球選手が自分より年下になって初めて、俺って年取ったなぁ、と思うようになったよ」とテレビでナイターを見ていた父親がビールを片手にそう呟いた。僕はその時小学生で、父親の言ったことに実感が持てなかった。「そんなもんなのかなぁ」くらいに思って聞き流していた。僕は今年三十歳になる。そして今では、父親が言ったことが痛いほどよく分かる。
 
野球選手。幼い頃から野球好きだった僕にとって、テレビの向こうで華麗なプレーを披露する彼らは常に「上の」存在であり、僕とは住む世界が違う人たちだった。そんな彼らが僕より年下になる日が来るなんて……。なんだか不自然なことのように僕には思える。
しかし、現実はもちろんそうではない。今では僕より若い選手が実績を認められてメジャーリーグに挑戦するくらいだし、僕と同年代の選手は若手から中堅と呼ばれる立場になり、チームの主軸を担って、ガンガンホームランをかっ飛ばして、ガンガン三振を奪い、そんでもって、僕らが想像もできないくらいの金を稼いでいる。野球選手ばかりではない。ミュージシャンでも、俳優でも、小説家でも、実業家でも、学者でも、三十歳手前の僕より年下の人たちが、自分のやりたいことに挑戦し、自分の夢の中で生き、自分の夢を叶えつつある。僕はそこに一種の理不尽な嫉妬と焦燥感を覚える。
 
今この時も、自分の夢に向かって挑戦しつつある人がいる、自分の目標を持って歩んでいる人がいる。では僕は? 僕はどうなのだろう? 今まで二十数年生きてきて、何か「これだ」ということをやってきたのだろうか?
お世辞にも僕はこの問いに対して「yes」とは言えない。僕はこれまで“ド平凡”な人生を歩んできた。周りがやるように高校を出て、特に目標もなく、何となく大学に進学し、そこでものんべんだらりんと過ごし、四年生になって慌てて就活をやって、最初に内定が出た会社に就職した。なんと場当たり的な人生であることか。
そして、この三十歳という大きな区切りを前にして、自分の人生を思い返してふと気づいた。「自分が今まで積み上げてきたものは?」と。気づけば、何もない。ほとんどゼロである。そこから連鎖的に、いろいろと思い悩んだ。「人生で本当にやりたいことってなんだろう?」「僕の目標って何?」「そもそもなんで生きてるんだろう?」などなど。
 
このような悩みを僕はよく行く居酒屋の大将に打ち明けた。その居酒屋は個人経営のお店で、大将と奥さんの二人で切り盛りしている。その時店内には他に客はおらず、僕はカウンターでビールを飲みながら、大将と世間話をしていた。そんなとき、「僕が今年いくつになるんだっけ?」っていう会話の流れから、その勢いで、僕はこのような悩み話をつらつらと語ったのである。話が一通り終わり、しばらくすると、大将はこういった。
「……おめえ、小説好きだよな? じゃあ、問題。レイモンド・チャンドラーって作家知ってるか?」
はい、と僕は答えた。もちろん知っているし、読んだこともある。アメリカの偉大なハードボイルド推理小説家だ。
「じゃあ、彼が何歳でデビューしたか知ってる?」
「え……。知りません」
「正解は四十五歳。大恐慌で職を失って小説書き始めたんだって。じゃあ、次。俺がこの店始めたのは何歳のときでしょう?」
「そんなのもっとわかりませんよ」
「正解は、これも同じく四十五歳。どうにも前の仕事が嫌になって、そっから勉強して、やり始めたんだなぁ。あんときは苦労したけど、今では何とか軌道に乗ってるわな。おめえ、まだ三十にもなってないだろ。そんなくだらねぇことでうじうじ悩むな! みっともない。俺が店始めたときより若けえんだから、まだ何だってできるだろ。一生懸命なんかしたいこと探して、それをやりな!」
「でも、一生、やりたいことが見つからなかったら?」
「それならそれでいいじゃねぇか。目標を探すために生きたっていうことで、いろいろ経験したってことで、それでいいじゃねえか。そん時は、しょうがないって、自分を許してやれよ。やりたいことを探しても、探さなくても、同じように歳をとっていくんだぜ。だったら、そんな悩んでないで、いろいろ行動した方がいいんじゃないか?」
 
それから後はしばらく沈黙が続いた。僕はちょっと気恥ずかしくなり、いつもより早く勘定を済ませて、店を後にした。
 
僕は、今まで甘えていたのかもしれない、と店を出て思った。自分の夢や目標なんて、そこらへんに落ちているわけではないし、誰かから与えられるわけでもない。自らの手で、血眼になって探すしかないのだ。それをやらず、今まで自分はうじうじ悩んでいただけではないか? 大将と話をして、そう思った。
大将の言った通り、やりたいことを探しても、探さなくても、同じように歳をとっていく。刻々と時間は過ぎていき、後戻りはできない。だったら、今の自分のベストを尽くすしかない。今自分には何ができるかを追い求め、少しでも可能性にすがるしかない。
これが僕の「三十手前で思うこと」。
 
 
 
 
***

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2020-08-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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