メディアグランプリ

逆上がりは自分のことを知った原体験


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記事:加藤具総(ライティンク・ゼミ7月開講通信限定コース)
 
 
「なんやお前、どんくさいのお、逆上がりもでけへんのか?」
小学校2年の冬。親父から言われたこの言葉が忘れられない。ヤジなのか、単にディスったのか、軽く失望をしたのか、今はもうこの世にいない親父には聞けない。鉄棒の周りには親父の同級生2組の家族がいた。その子供たち2人も私と同じ男の同級生。田舎ではよくある。一人の同級生の自宅の広い庭にはお手製の鉄棒があった。そこで息子たちが逆上がりを披露することになった。
同級生二人は軽々と足を蹴り上げクルッと1回転。私は最後の番だった。
イメージはあったもののこれがまったくできない。足の蹴るところ、タイミング。気合はあるが、何回チャレンジしても体が上がらず、もちろん回らず。周りからの笑い声のニュアンスが子供心にもなんとも言えない微妙なものであった。
 
冒頭に親父の投げかけた言葉の意味合いも今なら少しは想像できる。親父はちょっとカッコ悪かった(父親同士も親父と幼馴染の同級生)のと、逆上がりのできない息子を囃し立ててカッコ悪い気持ちを紛らわしたいのと、暗に叱咤激励をしてくれたのだろうと。本意は叱咤激励だと思う。でもそんな文脈を当時8歳の少年が理解できる訳もなく、何回も逆上がりを失敗し、ただ照れ笑いを周りにみせるのが精一杯。鉄棒の下、砂でごわごわになった靴の感触をよく覚えている。そして地味に傷ついていた。
 
家に帰ってから程なく自分の本当の気持ちが追いついてきた。
「悔しい」「なんで俺だけ逆上がりがでけへんねん」「やったる、絶対やったる」
人生初のできないことに対して明確に悔しいと感じた出来事だった。
 
翌日から孤独の練習が始まった。朝の7時前には小学校に行き、教室にも立ち寄らず誰もいない校庭の鉄棒に直行した。寝起きが悪くいつも遅刻ギリギリの私を見ている母親は驚いていた。詳しい事情は語らず、ただ「逆上がり練習するねん」とだけ伝えた。
 
冬の校庭は寒い。眠気はすぐに覚めた。制服で当時は冬でも半ズボン。しかも早朝。しんと静まり返った校庭。空気が澄んでいる。集中できる環境だと感じた。低い位置からの太陽の光が一部校舎を照らしている様も新鮮だった。
どんな練習をしたか、戦略も戦術もない。ただひたすら目の前の鉄棒を握って地面を蹴って片足を天にあげてクルッと1回転のイメージのみで逆上がりにチャレンジ。来る日も来る日も同じことを繰り返し。手は鉄棒のサビの茶色でどろどろ。マメもできて手の平もカチカチ。「どんくさい」私も日に日に上達、一ヶ月もすると、何回も連続でできるようにもなり、空中での後ろ回り、前回りもマスター。後ろ回りは30回くらいは空中でやれたであろうか。
いつの間にか鉄棒が得意になっていたのだが、そんなことは誰も知らない。
母親には言っていたと思うが父親には言ってなかったくらいだ
 
そして学校で体育の授業で鉄棒をすることになった。そこで初めてクラスのみんなにも逆上がりをはじめ、空中で後ろ回りや前回りをクルンクルン回る私を見せることができた。先生も含めてみんな驚き、すごいと言ってくれた。クラスで一番逆上がりができたのは間違いなく私だった。
そもそもはできない自分が悔しくて取り組んでいたことで、クラスのみんなに見てもらうとか、誰かに勝ちたいということではなかったが、いざ披露してみんなから認めてもらえたら気持ちよかった。できない悔しさはもう忘れていた。
 
当時小学校2年生の私の小さな成功体験は今になって振り返ると、自分自身のことがわかる原体験であった。
 
逆上がりを失敗した時の照れ笑いはいいも悪いも周囲の目を気にする自分。
悔しい気持ちを無意識でごまかして本当の気持ちに気づくのに時間がかかる自分。結構な負けず嫌いな自分。周りに相談せずに自分だけで解決しようとする自分。
今の自分のちょっと嫌な思考や行動の癖につながる自分が当時からいたことがわかるが、いいなと思うこともいっぱいある。
よしやるぞ! と自ら奮い立たせて行動に出る自分。やると決めたら猪突猛進な自分。成果に向けてはコツコツと繰り返し実践できる自分。他人に勝ちたいかより自分に勝ちたいと思う自分。できるまでやるしつこさを持った自分。周りから評価してもらうと素直に喜び、嬉しい自分。明るくポジティブに物事に取り組める自分。
 
この小さな成功体験はこの後の学校生活やクラブ活動、就職活動、会社に入ってからの仕事ぶり、そして独立開業した今も、ちょっとしんどいなと思うことがあった時は、折に触れて当時のことを思い浮かべ、またやるぞと奮起する材料にもなっている。そして物事を成功させるには、苦い失敗からの経験と自分のことをよく知ることであると教えてくれた。
 
「なんやお前、どんくさいのお、逆上がりもでけへんのか?」
親父の何気ないこの一言は50歳になった私の脳裏に今もこだましている。
今ならわかる。この言葉があったから、物事に真剣に取り組むことの尊さ、自分のことをよく知ることの大切を知るに至る。今年のお盆は新型コロナの影響を考えて帰省を控えることになった。親父の墓参りもできないが、お盆には自宅から親父と「あの時はおおきにな」と心で感謝を伝えてみようと思う。
 
 
 
 
***

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2020-08-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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