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男子たるものが憂慮するところは、ただ……


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男子たるものが憂慮するところは、ただ……
 
記事;佐藤 未希子(ライティング・ゼミ5月開講通信限定コース)
 
 
かつて、15歳の橋本佐内はこう記した。
「男子たるものが憂慮するところは、ただ国家が安泰であるか危機に直面しているかという点のみ。」
 
それから約170年後、15歳の我が子が憂慮していたのは……
 
ある日、悲劇は起こった。
 
昭和の時代、男子たるもの、床屋に行くのが当たり前で、美容院へ行こうものなら、「あらあら、色気づいちゃって」などと言われたものだった。
 
平成を経て、令和の時代、もはや、男子たるもの幼少の頃から美容院へ行くのはめずらしくなくなっていた。
 
我が家の場合、髪型は坊主一択のおかあさん美容院を小学校の低学年で卒業し、中学年にもなると旦那と一緒に床屋に通うようになっていた。
ある日、どうしても旦那の都合がつかず、止むを得ず、近所の美容院へ連れていった。
1度通うと息子は美容院のとりこになった。
床屋と何が違うかって言ったら、シャンプーが気持ちよかったのと担当の美容師さんがかわいかったとのこと。
 
それから息子の美容院通いが始まった。
さすがに指名料はもったいない気がしていたので、いつも予約だけ。
それでもいつしか、担当の美容師さんもできて、楽しい時間を過ごすようになっていった。
中学生にもなると、髪型もソフトモヒカンをちょっと崩したような、襟足は短く、でもトップはちょっと長めという本人のお決まりスタイルも出来上がっていた。
たまにはワックスなんかつけて帰ってきたりしてなんだか嬉し恥ずかしそう。
 
高校生にもなると、校則も自由になり、周りの友人達は長髪にしてみたり、パーマをかけてみたり、金髪にしてみたり、思い思いのおしゃれを楽しんでいた。
息子は「金髪にしてみちゃったり?」とは言ってみたりしながらも、ソフトモヒカンをちょっと崩したようなスタイルを貫いていた。
 
ただ、その日の担当はいつもの美容師さんが予約でいっぱいだった為、店長だった。
まずはカウンセリング。
古めかしいヘアカタログを持って来た時、息子はいやな予感を感じたそうだ。
それでも、いつものようにソフトモヒカンをちょっと崩したような、襟足は短く、でもトップスはちょっと長めなスタイルを伝えた。
 
ウィ~ン。
 
息子は今まで美容院で一度も目にしたことがなかったバリカンを店長が手にして現れた時、冷や汗がでたそうだ。
だが、息子は何もいうことができず、カットが始まった。
「なんとかなるだろう」と、漫画を読みふける息子。
 
「ワックスつけます?」そう店長に話かけられて、顔を上げて鏡をみると、そこにはどう考えてもワックスの必要がない坊主の子がいた。
唖然とする息子。
 
息子のただならぬ様子に気付いた店長は、「襟足は3mm、サイドは4mm、トップは10mmですよ」と説明して、もう一度聞いたそうだ「ワックスつけます?」
 
「つけるわけねーだろ!坊主でワックスつけてるやつ見たことねーわ!」息子は心の中で叫んだそうだ。
 
帰宅した私を待ち構えていたのは、どう見ても高校球児だった。
襟足は3mm、サイドは4mm、トップは10mmだと言う説明を聞いたが、どう見ても全体的に3mmのただの坊主だった。
必死に笑いをこらえたが、こらえられなかった。
「プリズンブレイクの主役みたいで、かっこいい! マイケル・スコフィールドみたいだね!」と苦し紛れに言うのが精いっぱいだった。
 
「自分がなりたくて坊主になるのと、坊主になりたくないのに坊主になるのではわけが違うんだよ!」息子は叫んだ。
 
ごもっとも。
 
美容院で、自分の中のこだわりや細かいニュアンスを伝えるのは本当に難しい。
雑誌の切り抜きを持っていって、その通りになった試しがない。
「モデルが違いますからね」と言われてしまえばそれまでなんだけれど。
いざ髪のカットが始まって、「あれ? ちょっと違うかも?」と思っても、それを言うのもものすごく難しい。
途中で「こんな感じでいかがですか?」って言われると、ついつい「あ、大丈夫です」と言ってしまう。
たまに「2週間以内なら、お直し無料」みたいなことが書いてある美容院があるが、本当に2週間以内に「やっぱりなんか違うんです」って現れる人はいるんだろうか?
 
自分の希望をくみ取って、思った髪型にしてくれて、おしゃべりが楽しい美容師さんに出会うのは至難の業だ。
 
私自身も、今の美容師さんに出会うまで何人の美容師さんを経たことか。
 
そういえば、私も昔、「ちょっと軽くしますね」と言われて、サイドを刈り上げられてしまい、凍り付いたことがありましたっけ。
 
ただ、自分に合った美容師さんに出会えたら、本当にラッキーなこと。
私なぞはもう20年近いお付き合いをしている。
ただ、最初からピッタリの美容師さんだったかというとそうでもなかったかもしれない。
なんとなく大丈夫そうな美容師さんというところからスタートして、何回か通ううちにコミュニケーションが積み重なり、自分に合った美容師さんになっていったのだと思う。
 
橋本佐内から約170年後、15歳の我が息子はこう嘆く。
「この髪型で明日からどうやって学校に行けばいいんだよ!」
国家の安泰を憂慮していた時代からするとなんとも隔世の感を禁じ得ない。
 
だが、君の気持はよくわかる。
たかが、髪型、されど、髪型なのである。
髪型次第で気分が上がることもあるし、落ち込むこともある。
だが、安心したまえ、髪の毛は伸びる!
君は今、自分にあった美容師さんに出会うまでの長い旅に出たのである。
その旅路に幸多からんことを母は心から祈るのである。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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