メディアグランプリ

子どもの頃の謎は、桜の老木が救ってくれた


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:一柳 亮太(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
不謹慎な話だと思うけれど、私は小さな頃、地震が来るのが楽しみだった。揺れるのが面白いとか、避難をキャンプと取り違えて、という話ではない。特に楽しいのは、地震が起きた直後のテレビだった。
 
今はスマホの通知で地震の発生や各地の震度が分かるけど、一昔前はテレビ見ていて「ピッピッ!」という音と共にニュース速報のテロップが一番速く知る方法だった。テロップが出ると、一緒に見ている家族の誰かが「NHKに!」と叫んでチャンネルを変えていた。NHKでも同じようにニュース速報が出ているけれど、大きな地震の時には、しばらくすると深刻な顔をした表情をしたアナウンサーが各地の震度を読み上げて、場合によっては解説者も出てくる。
 
家族で一緒にテレビを見ながら、「大きく揺れた」とか「親戚の家が近い」などと話しつつ、しばらくすると何事も無いと分かり、親戚のおじさんの失敗談などを誰かが思い出して、しばし盛り上がる。こうなると、もう地震のことは半ば忘れられている。しかし私が楽しかったのは、この絵に描いたような家族団らんの光景でもない。
 
地震やおじさんの話題で盛り上がる中、私は地震の震度に登場する地名の羅列こそが楽しかった。震度を伝えるテロップ、あるいはアナウンサーが地名を読み上げる画面に見入っていた。「各地の震度をお伝えします。勝浦震度3、銚子震度3、水戸震度2、小名浜震度2……」と淡々と伝えられるものだ。
 
小さな頃から私はなぜか地図が大好きで、暇さえあれば地図を眺めていた。より正確に言えば、地名が並んでいるものに心がひきつけられるのだ。道端にある案内図、電車の路線図、時刻表、電話帳・・・などなど。なぜ地名や地図が好きになったのかは分からないが、実は今もこの興味関心は続いている。相手の顔を覚えるのは苦手だけれど、どこで会った人なのかはほぼ忘れない。
 
という訳で、地震が発生すると地名が羅列され、それが子どもの私にとっては楽しみだった。地図を読み込んでいたので、震度を報じる地名はだいたいどこだか分かった。何度も見ているうちに、登場する地名はある程度同じであるとも分かった。だがどうしても、分からないことがあった。「小名浜」という地名だ。
 
読み上げられる他の地名は、たいていある程度大きな町だった。大きな町ということは、学校で使っている地図帳にも大きく書いてある。しかし、小名浜という場所だけは見つからない。父親に聞くと「小名浜はガッペーしたからね」という、余計に分からない答えが返ってきた。地図帳に書いていない、電車の路線図にも載っていない。小名浜の謎は深まるばかりだった。
 
池澤夏樹さんの「南鳥島特別航路」という本がある。東京からおよそ1,800km離れ、現在は航空自衛隊や海上保安庁、気象庁などの職員のみが滞在できる南鳥島に、池澤さんはどうしても行きたくなり、様々な伝手を頼って貨物船に乗り込み上陸する、という旅行記だ。この南鳥島へ行きたくて、気象庁の職員になる人もいるらしい。その本を読んで、気象庁の試験を受けようかと思った。気象庁の気象台や測候所は富士山の上から南の島まであちこちにある。もし職員になればあちこちへ行ける、と考えた。
 
その頃は、気象観測はほぼ全て人力で行われていた。地震の観測も、職員が体感で震度を測る。春の定番ニュースで、靖国神社の桜を気象台の職員が見るシーンが流れる。桜の花びらを見た職員が「開花です」と言うと周りがどよめく、という場面のだけれど、実は、全国で行われる「植物季節観測」というもの。「標本木」という目印の木を決めて、毎年その様子を測り続ける、息の長い観測なのだそうだ。そんな観測を全国で行うためには、測候所を隅々まで張り巡らせておく必要があった。
 
結果的に、私は職員にならなくて正解だったかもしれない。気象台はともかく、その支所と言える測候所は合理化で整理が進み、ほとんどが無くなった。標本木を見る観測も、消えた測候所では終わってしまった。地震の震度も、地震計で自動に測る方法に変わった。前時代的な、体感で測るやり方に比べて、客観的で測る場所を増やせるからだ。
 
小名浜にも測候所が置かれていた。合併でいわき市となったものの、測候所の名前はそのまま昔の町の名前が残っていた。子どもの私が探しても見つからなかったは、その「合併」のためだった。とはいえ、小名浜という場所が気になりながらも、測候所の他は特に行く理由もなく、そのうち機会がある、と先送りしていた。そんな日々を過ごすうちに、東日本大震災が起きてしまい、余計にその機会は遠のいた。
 
去年、2019年の冬、いわき市を訪ねる機会に恵まれた。人と待ち合わせる僅かな時間までだけど、小名浜へ測候所の跡を見に行くことができた。もちろん、何もないのは分かっている。これども、ここまで来たら見に行かずにはいられない。寒い日だったが、迷うことなく早起きして向かった。
 
小名浜の町を歩くと、家並みの間に広がる芝生があった。ここだ、とフェンス越しに見ると、観測用の機材らしきものが少し並んでいた。だが、それだけだった。分かっていたとは言え、子どもの頃の謎は芝生と機材だけになっていた事実に、興奮と落胆が一度に押し寄せて、気が抜けてしまう。
 
芝生の隣には、さまざまな役所の出張所が入居している建物があった。「小名浜特別地域気象観測所」という表札も出ている。もしかして、という期待はすぐに裏切られた。表札が出ているものの事務所はなく、芝生が全て、とのこと。測候所が消えたという予め分かっていた事実以上に、子どもの頃の謎がこんな形で終わる残念さが気持ちが心を覆っていた
 
このままでは帰れない。執念深く、だが半分諦めながらフェンス沿いに歩く。裏手に回ってふと見上げた時、つい声を上げた。測候所の標本木だった桜が残っていた。もはや用済みの標本木は、手入れもされず朽ちるのを待つばかり、という雰囲気だったが、私はやっとこどもの頃に謎に出会えた気がした。測る人が消えても、この冬を乗り越えてこの桜はきっと小名浜の人たちの目を楽しませてくれるだろう。私も必ず、この桜が満開の時に再び小名浜を訪ねたい。
 
 
 
 
***
 
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2020-09-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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