メディアグランプリ

遥かなるスペイン サンティアゴ・デ・コンポステーラへの旅


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

遥かなるスペイン サンティアゴ・デ・コンポステーラへの旅
記事:河内愛子(ライティング・ゼミ5月開講通信限定コース)
 
 
<以下本文>
 
SANTIAGO 51
 
スペイン北東部の都市パンプローナから歩き始めて33日目。幹線道路沿いに立てられたその標示を見た時、私は初めて旅の終わりを意識した。
サンティアゴ・デ・コンポステーラまで残り51km、順調にいけば明後日には目的地のサンティアゴ大聖堂に到着できるだろう。
そこに着いた時、私は何を思うのだろう。
 
キリスト教カトリックの聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラ。ここが聖地とされる理由は、十二使徒の一人でありキリスト教最初の殉教者となった聖ヤコブの墓があるからだ。
師キリストの亡き後、聖ヤコブはガラエキア王国(現在のスペイン・ガリシア地方)で布教に勤めていたが、キリスト教を迫害していたヘロデ・アグリッパ1世の命により西暦44年エルサレムで処刑された。
その亡骸がどこに葬られたのか、800年もの長きにわたって歴史上の大きな謎となっていたが、ある夜、星の光に導かれた一人の羊飼いによって発見された。これがサンティアゴ・デ・コンポステーラの始まりだ。
それから1200年、数多の巡礼者がこの地を目指して旅立った。現在ではこの「サンティアゴ巡礼路」はユネスコの世界遺産にも登録されている。
 
私はキリスト教徒ではない。しかし、数百kmもの道程を歩いて旅をするというこの巡礼に、おぼろげながらも長い間憧れの気持ちを抱いていた。
新卒から18年間勤めた会社を辞めることを決め、有休消化がおよそ2ヶ月あると知るやいなや、私はマドリッド行きの航空券を買っていた。
転職活動? 社会人大学院での学業の復習? そんなものは帰ってきてからでもできる。
私は、自らの衝動に従った。
 
この長い旅のスタート地点に私が選んだのは、ナヴァラ州の州都・パンプローナだった。細い路地を牛と人とが疾走する「牛追い祭」で有名で、ヘミングウェイの長編小説「日はまた昇る」の後半の舞台にもなった古都だ。
ここからサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの距離は約712km。初日の朝、巡礼路に足を踏み出した時の高揚感と緊張感は、7ヶ月以上が経った今でも鮮明に思い出すことができる。
 
背負い慣れないバックパックが肩と腰骨に食い込んだ。
冬だというのにじりじりと照り付ける太陽が、ストックのストラップで覆われた部分以外の手の甲を真っ黒に焼いた。
両足の小指にできた水ぶくれは、一歩目を歩き出す時眉間にしわが寄るほどの痛みを伴った。
終盤の峠では雪に見舞われ、水分を含んでみぞれ状になった粒が容赦なく顔を打ち付けた。
 
それでもこの旅を「辛い」と感じたことはなかった。
バックパックとの付き合い方が上手くなると、身体と一体になったような気がして重さが苦にならなくなった。
巡礼宿では「彼女、手の甲にカミーノ(巡礼路)ができてるぞ!」と笑いのネタができた。
水ぶくれは数日経てば固くなり、天然の絆創膏のようになった。
天候が悪い日ほど「これこれ、これこそ巡礼のあるべき姿だよ!」と、逆に気分は盛り上がった。
 
夜明けの空は朝顔の花を水で溶いたような紫色をしていた。
小高い山を登ると、広大な農地の果てに地平線が見えた。
ニンニクのたっぷり入った温かい卵のスープが歩き疲れた体にしみ渡った。
たまに見かける巡礼者と「Buen camino(良い巡礼を)!」と、声をかけ合った。
 
たくさんのことが私を励ましてくれたが、最もありがたかったのは現地の人たちの優しさだった。
少しでも巡礼路から外れた道を歩いていると、誰もが「カミーノはこっちじゃないよ!」と大きな声で注意してくれた。スペイン語なので正確な意味はわからなかったが、身振りとところどころ聞こえる単語で察することができた。
自動車道や運河沿いを歩いていると、ドライバーや船長さんが激励のクラクションを鳴らしてくれた。
カトリックの友人に勧められて参加した教会のミサでは、異教徒の私のために神父様が英語で旅の安全を祈ってくれた。
私が巡礼路を歩いていたのは今年の2~3月。その頃アジア圏を中心に新型コロナウィルスが大きな広がりを見せ、国や地域によってはアジア人が差別的な扱いを受けているという報道を目にしていたが、巡礼中そうした出来事には一度として遭遇しなかった。
 
私が巡礼に向かった目的は2つある。
一つは「人生の棚卸し」。40歳という人生の折り返し地点で、日本語はおろか英語もろくに通じない場所でただ一人、己の来し方行く末について自分自身とじっくり対話がしてみたかった。
もう一つは、自分を「しんどい」場所に追い込むこと。「しんどい」状況に身を置くと、人間の本性が現れる。それがどれだけ醜い姿であったとしても、自分の本性と真正面から向き合いたいと思った。
一つ目の目的は達成できたと思う。長い道をただ一人、無心に自分の体を次の集落へ運んでいくという単純な作業が、自問自答の時間をくれた。
二つ目の目的は達成できなかった。先ほど述べたように、巡礼中に「辛い」と思ったことはなかったからだ。
いや、「辛い」と思ったことはあった。自分自身を追い込みたいと巡礼の旅に出たはずが、結果的に新型コロナウィルスから「疎開」していた。このウィルスのために、日本では多くの人が不自由な生活を強いられていた。もちろん私の家族や友人たちも例外ではなかった。
自分の大切な人たちとこうした不便や苦しみを分かち合えないことに、無力感と後ろめたさを感じずにはいられなかった。
 
パンプローナを出発して35日目。私はついに巡礼の終着地、サンティアゴ大聖堂に到着した。曇天を突き刺すようにそびえ立つ大聖堂の姿を、体育座りをして仰ぎ見た。
 
祖国エルサレムから遠く離れたこの場所で、自らの命と引き換えにしてでも亡き師の教えを伝えようと思った人がいる。
1200年も前からあるこの巡礼路を大切に受け継ぎ、守ってきた人たちがいる。
そして、ここサンティアゴ・デ・コンポステーラを目指し、様々な思いを胸に歩き続けた巡礼者たちがいる。
そのどれもが尊い営みだと思えた。
長い旅路の終わりに私の胸に去来した思い、それは「人が生きるとは、素晴らしい」ということだった。
 
スペインにおける新型コロナウィルスの感染者数は9月11日現在およそ57万人。日本の外務省は今なおスペインへの渡航中止勧告を行っている。
一日も早くこのウィルスの猛威が沈静化し、巡礼路の人たちに元の生活が戻ること、そして巡礼をしたいと願う世界中の人たちの希望が叶えられることを、心から祈っている。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

 

 
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325


■天狼院書店「シアターカフェ天狼院」

〒170-0013 東京都豊島区東池袋1丁目8-1 WACCA池袋 4F
営業時間:
平日 11:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
電話:03−6812−1984


2020-09-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事