甘酒をちびちびと味わうような本
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記事:森真由子(リーディング倶楽部)
うーん、眠れない。
疲れているはずなのに、どうも寝れそうにない。
そんな夜がたまに訪れる。
こういう眠れない夜を過ごしている人が他にもいるかもしれない。
もしあなたがそんな一人だったら、これから紹介する本を手に取ってみてはいかがだろうか。
*
「受け取れ、諸君。
かくも堂々たるこのエッセイ集を!」
おや?
見えない何かに吸い寄せられるかのように、この黄色い帯付きの本が目に飛び込んできた。
これは!
しばらく会っていない友人と偶然にも再会したような気分だった。
この方の初期の作品にのめり込んでいたにも関わらず、最近全く読めていなかった。
無意識的に離れてしまっていたことから罪悪感が込み上げつつも、わくわくしながらその本とともにレジへと向かった。
心の中で、こう叫んでいた。
しかと受け取った!
*
紹介するのは、森見登美彦・著のエッセイ集『太陽と乙女』。
『四畳半神話大系』や『夜は短し歩けよ乙女』で知っている人も多いかもしれない。
私自身、登美彦氏のデビュー作である『太陽の塔』でどっぷりと彼の世界観にはまっていった一人だった。
彼の小説には京都を舞台としているものが多い。ただし、京都といっても彼の妄想が加わった独特な京都であり、その不思議な街を舞台に物語が繰り広げられている。
ファンタジー好きにはたまらない内容の上、私は彼の癖のある言葉遣いも好きだ。
堅いような、古風さが残るような、それでもって自分をどこまでもポンコツ扱いするような文章がなんとも癖になる。自分には真似できそうにないけれど、そんな文体が気に入っていた。
だから久しぶりに読む登美彦節を楽しみにしていたのだった。
*
眠れない。
疲れているはずなのに、どうやら今日も寝付けない夜のようだ。
こういう夜が、わりとある。
ベッドの中に入り、照明をちょっと暗くする。
いつもはこの後ぼーっとしながら眠くなるのを待つのみだった。
本を読み始めてしまうとそっちに集中してしまう。いっそのことベッドから離れてみる作戦もやってみたが、余計に眠れなくなった。
だからまぶたが重くなるその瞬間が来るのをただ待っている。
でも今晩は違う。
枕の横には『太陽と乙女』がスタンバイしている。ベッドの中で体勢を整えて、ページをめくる。
先程本は読まないといったが、このエッセイ集はちょっと効能が違うようだ。
小説を読むと続きが気になってしまうし、あえて難しい本を読んでも全く進まなくてイライラしてしまう。
この本はそのどちらでもない。登美彦氏がまえがきで書いているように、まさに「眠る前に読むべき本」だった。
彼の読書にまつわる話、散歩をする話、日常生活についてなど、今まで書いてきたエッセイがありったけに詰まっている。
一つのエッセイを読んでは、くすっと笑う。
次のを読んでは、ニヤニヤする。
三つ目を読むと、夜なのに一人で思わず笑い声が口からこぼれる。
そこまで来るとお腹が満たされ、ゆっくりと目を閉じることができるようになっている。
登美彦氏の魅惑の文章が、私をゆっくりと心地よい眠りへと誘っていく。
なんとも贅沢な入眠方法である。
*
ところで、私にはちょっと変わったこだわりを持つ家族がいる。
それは弟なのだが、誰に似たのか、ちょっと変なのである。
家族誰一人としてそんなこだわりを持っている者はいないのに、なぜか彼は知らないうちにあるものを独特な方法で飲む習性を身に付けていた。
それは飲む点滴とも言われている、甘酒である。
彼はスーパーで立派な瓶に入った甘酒をたまに買ってきては、冷蔵庫で冷やしている。
そしてこれを家にある青い江戸切子のおちょこにゆっくりと注いでいく。
大切な宝石を手に持つかのように、そっと優しくおちょこを持ち上げる。
彼は一口ずつ、ちびちびと甘酒を飲んでいく。
なぜそんな飲み方をするのか不思議に思っていたところ、自分も試しにそのおちょこでちびちびと飲んでみた。
試してみる前から彼を馬鹿にするのはちょっと可哀想だと思っていたから実際に飲んでみて、意味が分からないと一蹴してやろうという魂胆があった。
しかし意外にも、納得してしまった。
普段麦茶を飲むときに使っているグラスで飲んでいた甘酒より、このおちょこに注いだ甘酒の方が遥かに味わい深く感じたのだ。
よく考えれば、それは当然だったのかもしれない。
こんなに甘いものをごくごくと飲む方が飽きてしまう。下手すれば口の中に甘さが充満して、結局飲み干せないおそれもある。
だけど少量しか注げないおちょこだからこそ、その濃厚さを少しずつ堪能することができる。
おちょこがキラキラした江戸切子であることも、贅沢さを増している一因なのだろう。
*
『太陽と乙女』は夜に大人が一人で飲む一杯の焼酎のようだと述べてこの文を締め括ろうかと考えていた。
しかしここにきて予定を変更する。
我が弟が飲む江戸切子おちょこに注がれた甘酒。
そんな例えの方がこの本にはふさわしい。
この本のあとがきに辿り着いて驚く。
まさに登美彦氏ご本人が推奨している読み方であった。
「本書を一気に読むのはオススメしない。……胃にもたれるし、続けざまに読むとすぐに飽きる。毎晩ちびちびと読んで、疲れたら止めるべきである。……」
胃もたれがするかは人それぞれだが、ちびちび読むことについては大いに賛成だ。
ちびちび読むからこそ気持ちの良いまどろみへと導いてくれる、そういう本なのである。
あまり甘酒をおちょこで飲む人はいないかもしれないが、だまされたと思って試してみてはいかがだろうか。そのときはぜひ片手に『太陽と乙女』を。
【紹介本】
『太陽と乙女』(新潮文庫、森見登美彦・著)
【こういう人にも読んでほしい】
・くすっと笑いたい気分の人
・自分がポンコツすぎてつらいと思っている人
***
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