ただただ疲れているあなたに贈りたい
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記事:森真由子(リーディング倶楽部)
周りを見渡すと、オフィスには私以外誰も残っていなかった。
窓の外を見れば空は真っ暗で、隣のビルの明かりもほとんどついていない。
きっと他の人は家で家族団欒、温かい空間の中で楽しく過ごしていることだろう。
そんな和やかな光景を脳裏で思い浮かべると、金曜日の夜は余計に虚しく感じられた。
世界でたった一人、自分だけが取り残された気分だった。
ふぅ、なんだか疲れたなぁ。
思わずため息がこぼれた。
*
活字中毒ほどではないけれど、読書は私にとってのストレス解消法だった。
だからこんな風に疲れたときには、自分を活字の世界で癒すことにしている。
鞄の中に入れていた文庫本を開いて読み始めた。
……。
だめだ、今日はどうにもこうにも読めそうにない。
気付けば同じ行を4、5回も繰り返し読んでいた。
いや、読んでいたのではない。単に眺めていた。
だから言葉が脳に一切入ってこなかった。
困った、本が読めない。
こういうとき、どうやって自分を癒せばいいのか。
家に帰って潔く寝るべきだ。あるいは動画をだらだらとでも観てみようか。
そんなことを思いつつも、癖で帰り際にまた本屋に寄ってしまった。
*
美味しそうだなぁ。
月の光に照らされているコーヒー。
その横には、まんまるのバターがのったふっくらとしたパンケーキ。
魔法の粉をまぶしたようなきらびやかなイラストに惹きつけられて、この本の前で立ち止まった。
『満月珈琲店』。
表紙とぴったりの題名だった。
疲れた人だけが訪れることのできる『満月珈琲店』。
帯にこう書かれているのを読んで、少し笑ってしまった。
疲れた私のために、この本がわざと自分の目の前に舞い降りたかのようなタイミングだった。
今の私が買わずして、誰が買うのか。そんな風にさえ感じた。
*
本を開くと、思わずうっとりした。
綺麗な夜空、美味しそうなスイーツや飲み物などのイラストがふんだんに詰まっていた。
そっと開いた箱の中を覗き込んだら、目がキラキラするほどの宝石を見つけてしまったような気分だった。
大切に仕舞ってあった宝石を見ていたら、仕事モードに入っていた頭の鎧が少しずつ溶かされていった。
あるときは失恋した少女に、あるときは夢に敗れた人の前に現れる。
あるいは未来に落胆しているサラリーマンや最愛の人を失った老人の前かもしれない。
人生にはどうしようもなく落ち込んでしまったり、どうしようもなく疲れてしまう瞬間が何度も訪れる。
そんなときに『満月珈琲店』は突如としてその人の前に現れる。
この店は客の注文を伺わない、その代わりマスターが客に合わせてとびっきりのスイーツかフード、ドリンクを出してくれる。
彼女や彼、個々人にその人なりの疲れている理由があるように、それぞれにそのサービスをする理由がある。
どんなに落ち込んでいても、疲れていても、このお店を訪れた客は必ず最後には前を向いている。
自分がやってきたことは一切無駄ではなかったと思えるようになる。
そんな客たちを見ている私にも、少しずつ変化があらわれる。
自分の中に沈殿していたもやもやが、ちょっと晴れてきたようだった。
*
あれほど活字が入ってこなかったのにこの柔らかいイラストに癒されながら、書かれている文章も私の中に、とても自然にさらっと入ってきた。
イラストレーターである桜田千尋さんの絵と、望月麻衣さんの文章のハーモニー。
このイラストストーリー集は包み込んでくれるような優しい音楽を奏でていた。
1周読み終えた頃、お気に入りのカップにコーヒーを一杯、自分のために入れた。
夜だったけれど、そんなことを自分のためにしてやりたくなった。
たっぷりのミルクを入れて、ゆっくり口にする。
思わずため息が出た。
でもオフィスから出たときについたものとは違う。
こちらはもっと安心感のあるほっとした一息だった。
夜のコーヒーを味わいながら、自分をほぐすかのように本の2周目に入った。
もう一度読み終え、ふと今日はどんな月が出ているのかが気になった。
そういえば、会社から出たときは一切月のことなんて気にしなかった。
空すらも見ておらず、帰り道の記憶がぼんやりしている。
きっと足元をずっと見て帰ってきたに違いない。
そうか、空を見上げよう、月を見ようということすら思いつかなかったんだ。
人は大抵、余裕のあるときにしか空を見ていないのかもしれない。
地面ばかりを見ていると広い世界が見えなくなる。
自分の疲れの中でぐるぐる留まっていた、まるで迷子のよう。
この本のマスターが優しく背中を押してくれた。
人生つらいことばかりではない、そう教えてくれたのだ。
ちょっとしたストレスでやられていた私は、今やっと、少し深めの呼吸ができるようになった気がする。
生きていると大変なことにたくさん遭遇する。
たとえはっきりとした理由が分からなくても、もし疲れている人がいるならば、私はこの本をその人に贈りたい。
コーヒーを飲みながら読んだ私のように、ゆっくりとゆっくりと癒されていってほしい。
そして最後は、ほっと一息をついてほしい……。
*
帰り道、見上げると雲の隙間からひっそりと月が現れた。
『満月珈琲店』で描かれていた月のように、今日の月は優しく微笑み掛けてくれていた。
よぉし、また来週からがんばろう。
*
【紹介本】
『満月珈琲店』(KADOKAWA、桜田千尋・作・絵、望月麻衣・文)
【こういう人にも読んでほしい】
・ちょっと不思議な物語が好きな人
・人生に迷っている人
***
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