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謎のキノコで、あきらめた


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記事:鈴木 深央(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
ある日届いたダンボール箱。私は送り主の名前を確認して、恐怖と不安とともに箱を開く。箱の中には謎のキノコがぎゅうぎゅうに詰まっていた。
 
 
ある北の地、国と国を分ける大きな山並みがあった。その山のふもとの村で私は生まれた。12月に入ると雪が降り始め、5月の鯉のぼりが青い空を泳ぐ頃も、道路脇には白い残雪が積もっている雪深いところだった。
 
1年で最も雪の降る量が多くなるのは2月頃。雪の影響により生活に支障が出るようなことも毎年1度や2度は起きたものだった。時には大雪の影響でテレビの電線が切れてテレビが映らなくなった。そもそも全て停電したりもした。ある時はその村と隣のまちをつなぐ道路が雪崩によって寸断された。
 
子供の私にはちょっと特別な非日常のおもしろさがある時間だった。仕事に携わる大人たちは気が気でないこともあったのかもしれないが、だれも慌てて「困った困った」と言う人はいなかった。みな雪に慣れた豪雪地帯の住人だった。
慣れたようなあきらめたような調子で、直すものは直し、直らないものは直るまで待っていた。私の父と母もそんなことがあった時はいつも「雪だから仕方ないね、ハハハ」と飄々と笑っていた。
 
その村を出て20年ほどが経った。何だかずっと慌ただしい暮らしが続き、親との電話もメールも頻繁にすることなく今に到ってしまった。年に1度帰るか帰らないかの帰省以外には、十代の頃から親に何か相談することもほとんどなかった。もともと口数の多くない父はいいとしても、合えばよく喋る母には物足りないかもしれない、だいぶそっけないコミュニケーションでやってきた。
 
メールも億劫、そんなかでも起きる親とのコミュニケーション。それが母から届くダンボールだった。親元を離れてから今までの恐怖と不安。悩みの種だった。
 
一人暮らしに母心で贈ってくれたもの。簡単に食べられるレトルト食品や地元の特産物の加工品、果物など。贈りたい気持ちもよく分かった。
 
でも一人暮らしでは食べ切れない量が届いた。りんご10個は、家にいたりいなかったりで、料理もあまりしない学生には多すぎた。地元の名産の山菜の佃煮の詰め合わせは、働いてばかりで家にいない生活には難易度が高すぎた。そんな話を聞いたせいなのか、調理済みの「なにかの煮物」がジップロックに入って、腐敗して、届いたこともあった。
 
これはいらないよ、と何度も伝えた。腐るから、多すぎるから、家で料理しないから、あげるひともいないから、レトルト食品は好みじゃないから……。それでもまた同じような箱が届いた。そうすると今度はもう少し激しい言葉で伝えることになった。
 
親が子を思ってひとつずつ詰めた食べものが入った箱。それが辛かった。母のコミュニケーションを求めている気持ちも分かったから。子供を思いながらあれやこれやと封をして宅配業者に託す楽しさも分かったから。箱の中身そのものに困ることに加えて、困ったことを母に伝えること自体も苦しかった。
 
何度となくそんなやりとりを繰り返して、どうにも辛くなってしまったある時、私は「もうやめて!」と母に強くどなってしまった。箱が届いて開封し、すぐに母に電話をした。母はありがとうという言葉が来ることを期待していたかもしれないのに。
 
それから数年、箱は届かなかった。母へは申し訳ない気持ちは抱き続けていたが、箱が届かない日々は気が楽だった。
 
だが数週間前、私は自ら箱を届けてほしいと母に頼むこととなった。理由は、知人が私の生まれた村で採れる天然の舞茸を食べたがっていたから。母に聞くと、ちょうど手に入る季節なので、採れ次第送ると快く受けてくれた。
 
そして数日後に届いた驚くべき天然の舞茸。箱を開けた瞬間から香る匂いの強さ、普段目にするパック入りの5倍ほどもある大きさ、枝ぶりならぬ茸ぶり、村にいた頃にも見たことのないような立派なものだった。知人も大満足で、私も驚くものを見せてもらった喜びで母に電話をしたのだった。
 
お願いを聞いてもらったことへの感謝と、舞茸がとても立派で、知人も喜んでくれたことを伝えた。ついでに舞茸といっしょに詰められていた余白を埋めるためのりんご2個もおいしかったと付け足した。
 
そうやって数年ぶりの箱のやりとりはとてもいい気持ちで終わった。私にもおそらく母にも。初めて思いが通じあった箱のコミュニケーションだったなと思った。
 
そして、その数日後、もうひとつの箱が届いた。差出人は母、中身は「キノコ、食品」。
 
届いてしまった。舞茸を受け取った翌日ぐらいに母から「別の種類のキノコがたくさんとれたから送る」というメールをもらった時から、不安がよぎっていた。
 
舞茸は満点のやりとりだった。送る側も受け取る側も大満足の箱。そのあとのお礼の電話も満点。母はそのやりとりがとても楽しかったのだということは、猛烈な速さで次の箱が生まれてしまったことから推測できた。うれしさと楽しさで気分上々の母がるんるんと詰めた今回の箱のやりとりがどう転ぶかわからない不安でどきどきしながら恐る恐る封を開ける。
 
ちょうど両手で抱えやすい贈り物サイズの箱には、ぎゅうぎゅうに見たこともないキノコが詰まっていた。いや見たことがある気もするが、全然なじみ深くないキノコ。山で見かけても食べられるとは判断しないようなキノコ。白熊の毛皮かと思った。片面は数センチの毛が生えていて、もう片面はなめされているようにつるつるしていて、大きいものは鍋敷きぐらいの面積がある。ぱっと見でキノコだとは思えない。触ると少し湿っていて、柔らかいシリコン製のブラシのよう。白熊の毛皮が折りたたまれているように箱に入っている。謎のキノコ、箱にぎゅうぎゅうだけどこれは何食分になるんだろう−−−−。
 
「母だから仕方ないね、ハハハ」
予想を超えた箱の中身に、もう怒っても悩んでも仕方がないやと感じた私は、もはや笑っていた。母との箱のやりとりは雪との暮らしのようなものかと思った。
 
時折とんでもなく困ったことが起きたりするけど、時折とても美しい風景を見せてくれる。それを自分の都合のいいようにコントロールすることはできないし、できなくていいのだ。それを辛く思うこともない。箱の中身をうまく活かせずにもったいないと思うこともあるかもしれない。でも母なる自然は時に人を経済的にも苦しめる。だから小さいことを気にすることはないのだ。
 
それよりも、雪を見て過ごした子供の時のあのときのように、寒い、でもきれい。きれい、でも寒い。と日々思っていたように、母とのコミュニケーションをただ楽しもうと考えた。それから、母にあのキノコが白熊の毛皮に見えてびっくりしたハハハと電話した。謎キノコの味は微妙だったけど、多すぎる謎のキノコに隠れたりんご1個がおいしかったと伝えた。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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