メディアグランプリ

明日も世界を作る


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:三城 詩朗(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
我が家では、テレビをほとんど見ない。
 
私が独身だったころは、家にテレビがない時期が何年もあった。さすがに結婚してからテレビを買ったが、電源を入れるのはたまにニュースを見るときぐらいだ。うちのテレビは、一日の大半を真っ黒な顔をしたままリビングに鎮座している。
そんな我が家で、高い確率でテレビがついている時間帯がある。火曜日の午後7時半から8時までの30分間。NHKで放送されている「サラメシ」の時間だ。
 
「サラメシ」は、社会人のランチを紹介する番組だ。番組のキャッチコピーは、「ランチをのぞけば人生が見えてくる。働くオトナの昼ごはん、それが『サラメシ』」。
登場するのは、身近にいそうなごく普通の人が多い。番組はその人たちの仕事内容を紹介しつつ、十人十色のランチタイムに密着する。社員食堂で同僚とにぎやかに食事をとる会社員、作業の合間に愛妻弁当をパクつく職人さん……。俳優の中井貴一さんの軽妙なナレーションが心地よい。調べてみると、放送開始からもう10年が経つらしい。
あまりテレビを見ない私だが、この番組は妻に教えられて好きになり、時間があるときは何となく見てしまっている。
 
あるとき、どうして自分は「サラメシ」が好きなんだろうと思った。
自分とは違う会社の、違う職種の人の仕事を知ることができる。農家や漁師の人が、自分で育てたり釣ったりした食材を使って即席で作るお昼ごはんに感心する。知らない世界を見ることができる面白さがある。でも、それだけではない気がする。
「サラメシ」を見ると、私はなんだか満たされた気分になるのだ。この番組は何かに似ている気がする。自分でもよくわからない既視感をずっと感じていた。そんなある日、その正体に気付いた。缶コーヒーの広告だ。
 
もう何年も前だと思う。俳優の山田孝之さんが演じる缶コーヒーの広告があった。山田さんが、営業マン、工事現場の作業員、ラーメン屋さんなど、いろんな職業の人に扮している。懸命に働く山田さんをバックに、「世界は誰かの仕事でできている」というキャッチコピーが書かれていた。
職場の自販機に貼られているその広告を見て、ほんのり胸が温かくなった記憶が心の中からこぼれ出てきた。「サラメシ」を見ていると、そのときの胸の温かさに近いものを感じるのだ。
 
今から十数年前、私は大学を卒業して社会に出た。私は仕事というものが、期待していたほどドラマチックなものではないことに気付いた。そして少しがっかりした。
学生のころは、社会人になったらいろんな仕事を手掛け、それをやり遂げた暁には同僚たちと感慨に浸る日が来るのだろうなあと空想していた。会社の採用webサイトに載っている、きらきらした「プロジェクト事例」のようなものを。
しかし実際の仕事は、地味で小さな作業の積み重ねだ。たまに参加するプロジェクトも、通常業務と同時並行でこなさなくてはならないことが多い。終わったと思ったらすぐに日常の業務や次のプロジェクトが始まる。仕事というのは、採用サイトに載っているように何かを達成して大団円を迎えるものではなく、毎日切れ目なく淡々と続いていくものというのが私の実感だった。
 
あらゆる仕事は世の中の役に立っているはずだ。今も私はそう信じている。でも、社会や会社に比べて個人はあまりにもちっぽけだ。自分が世の中の役に立っている実感を得るのは、結構難しい。
就職活動のとき、慣れないスーツを着込んだ私に、仕事のやりがいを夢中で語る先輩社会人たちがいた。自分も社会人になった後で、私は「あの人たちは一体何者だったんだろう」と思った。あの人たちが話していたことは本音だったんだろうか。毎日仕事に追われる自分を、飼育ケージの回し車の中で走り続けるハムスターのように感じたことが何度もあった。
そんなときに、私は「世界は誰かの仕事でできている」という缶コーヒーの広告を見た。私はちょっぴり世の中から認めてもらえたような気持ちになった。そして、明日もがんばろうと思った。
 
もしかしたら、私は「サラメシ」を見ながら、自分の姿を出演者に投影しているのかもしれない。
「サラメシ」の登場人物はバラエティに富んでいる。都会の大企業で働く人もいれば、地方の小さな会社で働く人、農家や漁師、個人事業主もいる。毎回の放送では、そんな人たちの仕事が、どのように周りの人や世の中の役に立っているかが丁寧に語られる。
一次産業も二次産業も、ホワイトカラーもブルーカラーも、正社員も非正社員も関係なく、働く人たちへのリスペクトがある。番組には常に優しい雰囲気が漂っている。その雰囲気に、私はほっとする。
 
そして、ランチや仕事の合間に、登場人物が仕事の魅力ややりがいについて話す。彼ら彼女らが語るやりがいは、暑苦しいものではないことが多い。ぽつぽつと、仕事やランチの合間に自分の言葉で静かに語られる。
そんな等身大のやりがいを見て、自分と同じ名もなき社会人が「世界を作っている」ことを再確認できるから、私は何とも言えない充足感を得られるのだろう。登場人物を優しく認めてあげる「サラメシ」を見ながら、きっと私は自分自身を認めてあげているのだ。
10年以上番組が続いているのも、同じような思いを感じている視聴者が他にもたくさんいるからかもしれない。
 
今、この文章を書いているのは日曜日だ。あと数時間で月曜日がやってきて、一週間の仕事が始まる。自分が作れるのは、この世界のほんの一部に過ぎないかもしれない。でも、私は明日からまたがんばって世界を作るつもりだ。
 
 
 
 
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2020-11-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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