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メディアグランプリ

閉塞感を打ち破ってくれたオススメの一冊

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:橋本麻理香(リーディング・ライティング講座)
 
 
2020年3月2日「学校一斉休校」
先が見えない日常の始まりだった。あまりにも突然だった。
 
私はパートを休み、小4長男、小2次男、とっくに定年退職して家にいる義父、と二世帯ではない戸建の家。旦那さまは当面会社出社。
1日3食、長男5食。まじか。
 
突然休校になり勉強を全教科教えるという、私の役割が一つ増える。母であり、妻であり、嫁であり、さらには教師。想像しただけで、無理だ。案の定、口うるさい日々が始まった。
 
「わからない言葉があったら、辞書を引く!」私は常々言っていた。しめしめ、今日は自分から机に向かい辞書を引いている。辞書をそーっとのぞき込むと「うんち」という文字が。やることやらんかー!という言葉が食道を超えたあたりで、「大便、小便はあるのに中便はないのー?」と長男。「へ?あ、んん?」となんとも間抜けな音が漏れてしまった。その後もおしっこ、おしり、おっぱい、と続き、私は完全に戦意喪失した。
 
ふと気づくと隣で勉強していた次男がいない。私の足元には脱ぎ捨てられた服があった。
急いで廊下に飛び出すと、全裸の次男が大股開いて手を腰にあてて、「オラのちんちんアフリカゾウ~」とぬかしている。ポークビッツだろうが!という言葉を飲み込み、私は服をわきに抱え追いかける。次男は素早く走り去り、狭い家のどこかに隠れた。完全に気配が消えた。私は息を殺して探した。小僧め、どこへ行きやがった。いない、どこにもいない。
「ぐほっ」突然背中に飛びついてきた。「おまえ、子泣きじじいだったんか!」遠くから、長男の「ママぁ~お腹空いた~」まだ10時だぜ。
 
こんな攻防がしばらく続いたが、友達とも遊べない、どこにも行けない、楽しい夏休みとも違う自粛生活は、次第に私たちの声のトーンを低くさせていった。
 
4月7日「緊急事態宣言」発令
「明日から大変です」とテレビのインタビューに答えている会社員に怒りが込み上げてきた。世間は一気に自粛ムードになったが、私たちはもう一か月前からなのだ。私たちは置き去りか?いや、まてよ、この感情って自粛警察と呼ばれる人の心理と同じではないか?自分は耐えて、我慢している。なのにあなたはどうだ?と正義を押し付けてしまう。それに気が付いたとき、自己嫌悪に陥った。
 
一体いつまで続くのか。期間がわかれば我慢できる。見通しをたてて計画ができる。今の教育はダメだ、とさんざん批判をしてきたが、子どもの学校の一学年、一学期という区切りがいかに私にとってもいかに大事なのかが、失われてみて初めてわかった。
 
水槽を見やると金魚がのんきに泳いでいる。私が近づくとエサがもらえると思ったのか、口をパクパクさせて寄ってきた。ふと、酸素のぶくぶくを引っこ抜いてやろうかと思った。だけど、自分のどす黒い感情に気付いた時、このままではマズイと思った。水槽に映し出された自分の顔は、以前よりもだいぶ老けて見えた。この環境は良くない。わかっている。でもどうしたらいい?正解のない毎日に、先が読めない毎日に焦っていた。逃げ出したいけど逃げ出せない。ふと、この金魚は幸せなのだろうか?と思った。
 
長男は寝転がりながらYouTubeを見て、次男は任天堂スイッチをやっている。深いため息をついた後、重い体を引きずるようにして、ノロノロとトイレに行った。ふと本棚に薄い文庫本を見つける。「蜘蛛の糸・杜子春」という芥川龍之介の短編集だ。表紙は薄茶系の鈍い黄褐色で中国の仙人のような人が描かれている。古めかしい感じが私の気分に合っていた。半ば投げやりに目次を追った。10編あるうち選んだのは「蜜柑」。たった5ページの短編だ。それくらいがちょうどいい。なんとなく読み始める。
 
読み進めるうちに自分の呼吸が深くなっていくのがわかった。今の私の状況そのものではないか。曇った冬の日暮れ、疲労と倦怠、腹立だしさ、愚鈍な心、憂鬱、煤(すす)の臭いの息苦しさ。このような言葉からイメージさせられる白黒の世界観がまさに今の私と重なった。
 
そしてラスト1ページ、その時は訪れた。
 
一瞬にして白黒の世界がカラーになった。こんなことってあるだろうか。読み終えて、「蜜柑」を体験した、と思った。五感が覚醒した。みかんの鮮やかな色や、さわやかな香りが私の深い所から蘇ってきたのだ。優しい朗らかな気持ちで満たされた。
 
「公園へ行こう!大きい公園へ行って思いっきり遊ぼう!」
息子たちは突然の誘いに驚いていた。すぐに顔がパッと明るくなった。
三密を避けて、遊べばいい。
 
わたし達は駆け出した。私の体ってこんなにも軽かったんだ。
鳥の声、土の匂い、頬をなでる風、目に映るものすべてが美しく愛おしく感じた。
自然の中で思いっきり息を吸い込んだ。
生が躍動している。私たちは生きている。
 
この感覚は不要不急なんかじゃない。絶対的に必要なのだ。
それをこの「蜜柑」は教えてくれた。
 
本との出合いは人生を変える。たったの5分で世界が変わる。
閉塞感や焦燥感にさいなまれていた私は、自分を取り戻した。
この超絶技巧の「蜜柑」をあなたにも、ぜひ体験してほしい。
 
次男が遠くで私を呼んでいる。ひとさし指を鼻の中に突っ込んでいる。それを口に持っていく。やめれ。長男は「帰ったらすぐにごはんね。」と隣でにこにこしている。
 
それでいい。それが、いい。
 
 
 
 
***
 
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2020-11-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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