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堂々と嫌いと言い合える関係


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記事:田村 彩水(平日ライティングゼミ・コース)
 
 
昔から、「嫌い」という感情の取り扱いには、ほとほと苦労している。
 
例えば、食べ物。
今でさえ好き嫌いはほとんどなくなったが、10歳まで私はどうしても肉が食べられなかった。
焼き肉をおいしそうに頬張る両親や兄弟の姿を見ては、わが家族ながらなんて野蛮な人たちだと思っていた。
食べられるものがないので消去法で野菜とご飯ばかりを食べていたら、
「こら!焼き肉で肉食べへんとはどういうことや!好き嫌いあかんで!」
と叱られることもしばしば。
それだけならまだしも、
「お肉が食べられへんやなんて、この子人生損してるわ……」
と憐みの言葉をかけられることも一度や二度ではなかった。
 
肉の旨さがわかるようになった今となっては、そういうことを言ってきた周りの気持ちも分からなくもない。だが子供時代、それらの言葉は私にとって煩わしくてしょうがないものだった。
「肉が嫌い」と言うだけで、家族だけでなく、あらゆる人からの叱責か憐みを受け、皆が好きであるという肉を嫌いな自分に対する自己嫌悪に陥るので、それが嫌で我慢して肉を食べるようになったくらいだ。
 
「嫌い」の対象が肉ですらこの有様だ。
相手が人間であった場合はさらに厄介だ。
学校・職場・家庭の中で、誰にだって苦手な人が一人はいるはずだ。でもそこで「あなた嫌いです!」と言って避けることが、いついかなる時もできうるものだろうか?
下手をすればいじめ・パワハラ・DVに発展することだってある。誰だって被害者にも、加害者にもなりうる問題だ。
嫌いな対象が目の前にいても、おおっぴらに公言することは決して容易なことではない。多くの場合、たまに気の置けない仲間に愚痴って小さく発散することはあっても、ぐっと耐え忍び、ストレスを抱えながら日々を過ごしているのではないだろうか。
「嫌い」という感情は本当に厄介だ。
 
その「嫌い」という感情との付き合い方について、ここ数年で面白いケースを知った。
私の夫の話である。
 
まずわたしの夫についての基本情報を2つお伝えする。
第一に、私の夫はセレッソサポーターである。セレッソというのは、J1リーグに属するサッカークラブ・セレッソ大阪のことで、夫は小2の頃からかれこれ20年近く応援し続けている、筋金入りのセレサポである。
第二に、夫はとてつもなく優しい。菩薩級だ。
毎朝、朝が弱い私の分まで朝ごはんを作ってくれるし、彼が大大好きなサーターアンダギーを分け合うときも、いつも5個入りのものを「3個食べていいよ」と言ってくれる。
人当たりも穏やかで、誰かの悪口をいうことなんて滅多にない。
だが、そんな温厚な彼が「嫌い」と公言する存在が、この世にあるのだ。
 
ガンバ大阪だ。
 
サッカーについてあまりよくご存じない、1年前の私のような方のために注釈をつけておくと、ガンバ大阪というのは、セレッソと同じくJ1リーグに属する大阪のサッカークラブである。ちなみにチームカラーは青と黒である。
同じ大阪の地に存在するサッカークラブということで、両者は互いに、とてつもないライバル意識を向け合っている。両クラブが対戦する試合は大阪ダービーといって、平常時から熱くたぎる、各サポーター・選手・監督、その他のそれぞれのチームへの思いが、ボルテージマックスに突き上がる、最高に熱い戦いとなるのだ。
他のチームに負けても、お互いにその相手に負けることだけは、なんかめっちゃ癪に障る、それだけは絶対に許されへん、そんな空気が漂っている。
 
驚くべきことに、両者をけなす歌まで存在する。
サッカーでは、野球における六甲おろしのように、スタジアムで選手を鼓舞し、サポーター同士の結束を高めるための応援歌(チャント)と歌う文化がある。
互いをけなすチャントでは、セレッソは「潰せガンバ!」と叫び、ガンバはセレッソをチームカラーのピンクにちなんで「豚」と呼ぶ。
こういっちゃなんだが小学生並みの罵りあいである。しかも互いに正々堂々と罵り合っているのだからすごい。
 
かく言う温厚な私の夫も、ガンバ大阪のことになると、普段の菩薩っぽさが薄まる。
まず、青と黒の組み合わせのものを持つことを極端に嫌がる。
洋服屋さんにて、私がシャツの色味を迷っていたときにも、通常ならば持っている他のアイテムとの兼ね合いや私の肌移りを考慮して、建設的に自分の意見を述べてくれるのだが、選択肢に青と黒の組み合わせのボーダーが入ってきた途端に、
「そんな青黒のはやめとき」と様々な理屈をすっ飛ばして言い捨ててきた。
また、私はくくる(ガンバのスポンサー)のたこ焼きが好きでたまに食べに行くのだが、夫は極力くくるは食べず、わなか(セレッソのスポンサー)のたこ焼きを食べたがる。
さらに、夫婦二人でよく行くお店の店長さんが、Jリーグで贔屓のサッカークラブがあると知った時、夫は目を輝かせて聞いた。
「セレッソですか?」
店長さんが苦笑いで答えた。「いや、ガンバです」
二人の間に一瞬とても気まずい沈黙が流れた。
「残念です」
夫がぽつりと答えた。こんなやりとりがたまに展開される。
普段誰にでも礼儀正しく穏やかな夫からしたら、実に珍しい反応の数々である。
 
私は夫に聞いてみた。
「めっちゃガンバのこと嫌ってるやんな」
「うん、嫌いやね」
容赦ない答え。だが続けてこう言ったのだ。
「でも堂々とお互いを嫌いあえる関係っていいよね!」
 
私はびっくり仰天した。
堂々と嫌い合える関係がいい?私は素直に疑問を口にした。
「お互い好きのほうがよくない?」
「そりゃそうやけどさ、でも人間どうしても好き嫌いってあるやんか。でも現実社会ではそれを表に出すのってなかなか難しい。でもサッカーでは、お互いが堂々と、正直に、お互いを嫌いって言える。これってすごく貴重やと思う」
眼から鱗が落ちた心地だった。
なるほど確かに、現実社会では「嫌い」を公言するのは難しい。
でもスポーツ観戦ならば、それをしても許される環境があるのだ。それは勿論、互いに相手が自分のことを嫌っていることを知っているからだ。これでどちらか一方だけが嫌いとか、嫌いであることを知らないとかだと、このある意味での対等な関係性は成立しない。
サッカーの応援とは、純粋に応援するチームへの愛情や期待でなされるものであるが、同時に、普段抑圧されている「嫌い」という偽らざる正直な感情を、思う存分表現する絶好の機会でもあるのかもしれない。王様の秘密を知った理髪師が、「王様の耳はロバの耳!」と叫ぶあの井戸のようなものだ。
「好き嫌いなく何でも食べなさい」「誰とでも仲良くしなさい」こういった正論は、子供の頃から幾度となく浴びせかけられ、その度に苦しむ子供心がある。大人になってもある。その正論からふと救ってくれるような側面が、サッカーの応援にはあるのかもしれない。
これもサッカー観戦の隠れた魅力の一つなのかもな、そんなことを思った。
 
 
 
 
***

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2020-11-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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