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ヒゲジョになったことありますか


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記事:田盛稚佳子(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
ヒゲジョになったことがある。リケジョではない、ヒゲジョだ。
10年以上前のことであろうか。
当時、私には知人の紹介で知り合った気になる男性がおり、彼から食事に誘われた。
女性と行くお店にあまり詳しくないという彼からの連絡で、前に女子会で行ったことのある串かつの店をチョイスして予約した。
その店は、大阪の有名店で修業を積んだ店主が構えたところで、値段もお手頃、しかも串かつなのに胃がもたれないということで評判でもあり、予約がなかなか取れない人気店だった。
 
「お客様、対面の席にしますか?」
と予約時に聞かれたが、初めて二人きりの食事で緊張するし、なにせ対面だと通常の仕事(人事の採用面接)の延長線上のような気がして、気持ちの切り替えがヘタクソな私は、カウンター席をお願いした。
隣同士だと距離が少し近くなるというちょっとした下心も含みながら……。
 
約束の時間にキッチリと彼はやってきた。
「おっ! なんか、雰囲気のいい店だね」
という言葉に私はすっかりうれしくなった。お酒が飲めない彼を横目に、私は緊張をほぐそうと薄めのカクテルを胃に軽く流しこんだ。
まずは季節のオススメメニューなどを注文して、普段はどういうお店に行くことが多いのか、お互いの仕事のことや、音楽など共通の趣味の話などをして、さらに彼のことをリサーチしていた。
特に苦手なものはないという彼の好みがわかったので、追加で私のお気に入りのレンコンやアスパラガスの串かつを注文した。
串かつが来るまでの間に、ふと視線を感じて左隣を見ると、彼が私のことをじーっと見ていた。
え? なになに? 緊張するやん。
もしかして、まだ一次会なのに(と勝手に思っている)、いきなり付き合おうとか言われちゃったらどうしようとドキドキしている私に彼が言った。
「おまえ、ヒゲ生えてない?」
 
私は串かつを揚げる熱々の油に思い切り投げ込まれたような気分だった。
そしてその直後、一気に酔いが醒めた。
アルコールの薄さなんていう問題じゃない。
ヒゲ!? 嘘やろ? どうしよう、こういう時どうしたらいいんだろう!?
「あれ? ちょっと私、酔っちゃったかな? お手洗い行ってくるね」とフラフラと、でもすっかりお酒の醒めた体で私はトイレに早足で向かった。
トイレに入ると同時に速攻カギをかけ、大きな鏡にこれでもかと顔を近づけた。
生えている、たしかに生えている。
男性の口ひげみたいに剛毛ではないが、産毛がちょっと成長した感じのやつ。
ああ、終わったな……。
半分泣きそうになりながら、左の親指と人差し指で、その成長過程のヒゲ(産毛)を抜いた。アルコールはすっかり醒めたのに、その部分だけほんのり赤みがさした。
それからは、「ヒゲ生えてない?」のセリフが頭の中をぐるぐると回り、彼と何を話したのかほとんど覚えていない。
覚えているのは、お気に入りのレンコンのシャキシャキ感と、アスパラガスのジューシーさ、そして翌日にまったく胃もたれがなかったことだ。
 
後日、仲のいい友達におそるおそるヒゲ問題について聞いてみた。
すると、「あー、わかる! なんかさ、仕事にのめり込んでる時とか生えるよね」というコメントが返ってきた。
なんと、ヒゲジョは私だけではなかったのだ。
しかもヒゲだけではなく、おへその下の毛も一本だけ濃くなるというコメントまで返ってきた。
 
気になったので女性のヒゲについて調べてみると、いくつか原因があることがわかったのだ。
まずはストレス。不規則な生活や人間関係の悩みがあるか。
思えばその時期は、一人暮らしを始めて食生活を軽視して、おろそかになっていた。
仕事でも新しく採用した人がすぐに辞めてしまったり、その後任探しで残業になったりと、ストレスフルな状態が続いていた。
次に睡眠不足。残業が続くと帰宅時間が遅くなるので、睡眠不足が顕著になる。
せっかくの休日に人手不足で急に駆り出されることもたびたびあった。これも軽く条件をクリアしていた。
最後に、男性ホルモンの活性化。
女性は30歳前後から女性ホルモンの分泌量が少しずつ減り始める時期でもある。
そんな時期に前述のように、ストレス多めの生活で常に交感神経が優位になってくると、ホルモンバランスが徐々に乱れてきて、結果として男性ホルモンの活性化でヒゲが生えやすくなってくるのだという。
私は見事に、ヒゲジョになる資格をクリアしていたのだ。
うれしいんだか、悲しいんだか……。
それからの私は、少しずつ普段の生活を見直すようになり、豆乳や湯豆腐など大豆製品からイソフラボン(女性ホルモンによいとされている)をせっせと摂った。
仕事も人にお願いできるところは振り分けをするようになり、結果、残業も減ったおかげで睡眠時間の確保もすることができるようになった。
途中、何度かヒゲジョ化しかけたが、今はすっかり脱ヒゲジョである。
残念ながら、意中の彼とはその後進展することはなかったが、あの一言をきっかけに生活習慣を変えるきっかけをくれたことに今では感謝している。
 
昨年からはコロナ禍によりマスク着用が日常的になり、みんなの口元が隠れている。
ということはヒゲジョには都合がいい。もしかしたら、隣のデスクで仕事している女子が実はヒゲジョなんてこともあるかもしれない。
女子のみなさん、もしヒゲジョ化したら「アタシ、がんばってる! エライ!」と自分をほめてあげよう。おかずに湯豆腐でも一品増やしながら。
男子のみなさん、もしヒゲジョを見かけたら「あ、この子いろいろがんばっているんだな」とぜひ温かい目で見守ってほしい。
元ヒゲジョからの切実なお願いである。
 
 
 
 
***

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2021-01-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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