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白雪


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐川憲子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
黄色い長靴が、せわしなく雪の中を出たり入ったりする。
 
もっとゆっくり、雪を踏みしめて歩きたいのに。
 
母に手を引かれながら、置いてかれまいと、私は必死で雪道を歩いていた。
 
母が轍を歩くため、並んで歩く私は必然的に轍と轍の間を歩く。
高さが10センチほどしかない長靴には、すぐに雪が入ってきた。
冷たい雪に、だんだん足先の感覚を奪われていくが、真っ直ぐに前を見て歩く母に、そんなことを言えるはずがなかった。
 
顔だけ振返って、来た道を見ると、自分の足跡が真っ白い雪にぽこぽこと残っている。
そこだけは唯一、人も車も通っていない。
自分がいた証を残せているようで、胸の中の不安を少し、軽くしてくれた。
 
その日は朝から、父と母がひどい喧嘩をしていた。
泣きわめく妹に、「泣かないの!」と叫びながら、自分が食べようと手に持っていたウエハースをあげて、私は母に向かって手を挙げようとする父に、必死でしがみついていた。
 
母は、父に拳で殴られ、青紫色になった左目を隠すようにサングラスをかけ、幼い妹を背中に背負い、私を連れて家を出た。
車のキーは、父に隠されてしまった。
 
「お前は残れ」
家を出る直前、父と祖母と祖父の手が何本にもなって私を引き戻そうとしたが、私はしっかりとつないだ母の手を、離さなかった。
 
母のお腹の中には一番下の妹がいたから、あれは私が3つか4つの頃だ。
 
2月2日の節分。
保育園や小学校では、授業で鬼のお面を作る。
祖父の部屋には般若のお面があって、怖いもの見たさに時々のぞいたりしていたが、毛糸で作ったもじゃもじゃの髪や、顔を赤や桃色のクレヨンで塗った私のお面は、怖さよりかわいらしさの方が勝っていたような気がする。
 
学校から帰ると、祖母が秋に収穫した大豆を大きな中華鍋で乾煎りしていて、香ばしい匂いが台所から漂っていた。
豆の準備が出来るまで、祖父は山から柊の葉を枝付きで取ってくる。
枝を刃刀で整え、そこに焼いた鰯の頭を刺すのが、私たち子どもの役割だった。
お面をおでこに付け、煎りたてのまだ温かい豆を、栗の木でできた重く、大きな升に入れ、祖父と豆をまきに外へ出る。
外はすでに薄暗く、あっという間に闇が近づいてくる。
急ぎ足だ。
母屋や蔵、納屋に牛小屋に炭小屋と、何か所も豆をまいて回る。
鰯の頭付きの柊の枝も、はって回るから忙しい。
あまり低い位置にはると、牛小屋に住みついた野良猫が、鰯の頭を持って行ってしまうため、背伸びをして出来るだけ高い位置にはりつける。
 
「鬼はーそとー! 福はーうちー!」
 
下限を知らず、思い切り豆まきをする私たちに、祖父は家屋が痛まないかハラハラしていたことだろう。
しかし、いくら思い切り投げたところで、豆まきの歌のような「パラッパラッパラッ」という音は聞こえてこない。
物足りなさを感じるが、屋根に雪が積もるこの時期は仕方ない。
 
豆を叩きつける音も、雪が無い時期は山々にこだます私たちの声も、すべて雪が飲み込んでいく。
 
朝、起きると家のすぐ脇を流れる沢の音がどこか遠く、障子越しの光がいつもより白いと、夜のうちに雪が降ったのだなとわかる。
重い布団の外は氷点下だ。
川の字になって寝ている両親や妹たちも起きてはいるが、なかなか布団から出たがらない。
夏生まれの私は、寒さが得意な方ではないが、朝、誰もまだ触れていない雪に、自分の足跡、手形、顔型、体型をつけたくて布団から這い出る。
 
ひとしきり自分の型をつけ満足すると、雪で顔を洗い、口の中で溶かした雪で口をすすぐ。
そして比較的きれいそうなところをすくって、雪を食べていた。
 
父からは
「バカだな、おめえは。雪っちゃ汚ねえんだぞ。そこら中のチリとかホコリがいっぺえ(いっぱい)入ってんのに」
と言われたが、こんな真っ白な雪のどこにそんなものが入っているのかと、理科の授業でそれが本当の事だとわかるまで、父にからかわれているのだと信じなかった。
 
「待ってっ!!」
高校3年生の冬。
今にも走り出しそうなバスに乗り遅れまいと、私は雪道での走り方があるのに、焦って大きな歩幅で走ってしまい、案の定、派手に転んだ。
バスは行ってしまうは、打ち付けた尾骶骨は痛むはで、恥ずかしさのあまりカッと身体が熱くなった。
集まる視線を払うように、制服のスカートについた白い雪を、大袈裟に払う。
全ては、この雪のせいなのだとでも、言うかのように。
 
もう何年も、雪道を歩いていない。
関東圏内での生活が長くなった私は、母に手を引かれたとしても、子供の頃のように上手く雪道を歩けないだろう。
へっぴり腰で歩く大人たちを、テレビのニュースで観てはバカにしていたのに、そんな大人に自分もなってしまった。
 
それにしても、一体誰が雪の色を白と決めたのだろう。
神様だろうか。
誰のせいにもできないことを、雪は、いつも静かに飲み込んでくれる。
これが白ではなく、黒だったらどうだろう。
白い雪だからこそ、どこか救われるような気がするのは、私だけだろうか。
 
関東平野部、懸念された大雪にはならず、か……。
夕方のニュースを横目に、今年も雪を踏まずに春を迎えるのだろうなと、窓の向こうを伺う。
 
 
 
 
***
 
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