メディアグランプリ

悪いのは車掌さんかおじいさんか


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記事:古田綾子(ライディング・ゼミ平日コース)
 
 
ローカル線で塾に行く途中、ホームに降りると、反対側からおじいさんが階段を上がって来るのが見えた。乗ってきた電車は、この駅で折り返す。たぶん、それに乗るんだろう。
 
階段の手すりを両手でつかみ、おじいさんは一段一段、慎重に上る。ようやく、階段を上がりきり、一番近くのドアまでは、あと5メートルというところだった。
 
「1番線まもなく発車いたします。ご乗車の方はお急ぎください」
ホームにアナウンスが流れた。
 
「おじいさん、乗れるよね?」
でも、おじいさんの歩みは遅い。歩幅が狭く、一歩踏み出しても、ほとんど進んでいないように見える。一番近くのドアまでは、あと3メートル。
 
「間に合うのか?」
 
最後尾の車掌室から車掌が顔を出し、おじいさんに気付く。
「よかった。気付いてもらえた。おじいさんが乗るまで待っててくれるよね」
 
おじいさんは、乗り遅れまいと必死に歩を進める。その間も、発車の準備は着々と進む。ホームにいる駅員が安全確認をして、最後尾の車掌に合図を送った。
 
ピーッ。プルルルル。
「えっ。待って、待って。あと1.5メートル!」
 
おじいさんは、ちょうど車掌室の前を通り過ぎるところだった。右手を前に伸ばして、「乗ります」とアピールする。
 
プシューッ。バタン。
ドアが閉まり、電車はゆっくりと動き出した。最後尾の車掌は、帽子のつばをつかみ、おじいさんに軽く頭を下げた。
 
「うそでしょ。あとほんの数秒だけ、待ってあげればいいのに。これに乗れなかったら、次の電車まであと20分もある。この暑い中、おじいさん、熱中症になっちゃうよ。車掌さんも、おじいさんが乗ろうとしているの見てたよね?」
 
一時間に3本しかないローカル線に普段から不便を感じていた中学生の私は、怒りまくった。なんてひどいことをするんだろう。鉄道会社に電話して文句を言ってやろうか。このとき、私の中では「車掌さん=悪い人」だった。
 
おじいさんが必死に手を伸ばした姿は、社会の不条理を感じさせる、悲しいできごととして記憶に刻まれた。その姿を思い出すたびに、どうすればおじいさんを電車に乗せることができたんだろうと考えた。
 
「手を引いてあげれば、おじいさんは、もう少し早く歩けたかもしれない。マッチョな人がおじいさんをサッと抱き上げて、座席に座らせてあげるとか。そもそも、あと数秒待って、次の駅までちょっと急いで行けば、電車は時間通りに到着できたんじゃないかな……」
 
そんな思いがぐるぐると頭の中をめぐっていたとき、多くの人が亡くなる脱線事故が起きた。ダイヤの遅れを取り戻そうと、運転士がスピードを出し過ぎたことが事故原因の一つとされた。
 
ハッとして息をのむ。
次の瞬間、手を伸ばしたあのおじいさんの姿が、車掌さんの視点カメラで映し出された。
 
「おじいさんが乗るまで待っていたら、発車が遅れた。その遅れを取り戻そうとしてスピードを出せば、同じような事故が起きていたかもしれない。そうでなくても、ローカル線は単線で、上りと下りの列車は駅でしかすれ違えない。上りが遅れれば、それを待つ下りも遅れて、ダイヤの乱れがどんどん広がってしまう。車掌さんは、おじいさんが乗ろうとしていることに気づいていたけど、それでも、乗客を定刻通りに安全に目的地まで運ぶという責任を果たすために、発車するしかなかった。おじいさんには、申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。その思いから、頭を下げた」
 
手を伸ばしたおじいさんの姿は、視点が変わったことで、まったく違う印象を与えた。
車掌さんは、悪者ではない。むしろ、職務を誠実に遂行しつつ、おじいさんにも配慮できる人だった。
 
物事はいろいろな方向から見ないとわからない。円すいだって、横から見たら三角だけど、上から見たら丸だ。一つの方向から見るだけでは、本当の姿を捉えることさえできない。反対に、視点を変えてみると、今まで見えなかったことがいろいろ見えてきた。
 
そのときから、手を伸ばしたおじいさんの姿は、悲しい記憶ではなくなった。もう、おじいさんを電車に乗せる方法を考えなくてもいい。鉄道会社に抗議の電話をしなくてもいい。まあ、「できればもう少し本数を増やして欲しい」というくらいは言ってもいいかもだけど。
 
車掌さんは悪くない。おじいさんも悪くない。悪いのは、勝手に悪者を作り出していたひとりよがりの考え方なのだろう。
 
今でもときどき、あのおじいさんの姿が頭に浮かぶ。そんなとき、抱えている問題について、見えていないプラスの側面はないだろうか、まだ試していない方法はないだろうかと、いろいろ考えてみる。
 
 
 
 
***
 
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2021-03-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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