【期待と裏切り、優しさと怒りは振り子のように……】
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:和泉あんころ(ライティング・ゼミ平日コース)
「本当にごめんなさい」
女性に慌てて謝まられた。
一瞬、何のことかわからなかった。女性に抱きかかえられた赤ちゃんが、わたしの喪服の袖をつかんでいたようだ。
「お気になさらず。 赤ちゃん、かわいいですね」
わたしが口にするかしないかのうちに、女性は逃げるように去ってしまった。
そのやりとりを見た父親が、わたしに声を掛けてきた。
『おまえはやさしいね』
違和感しかなかった。
今のどこにやさしさを感じたのだろうか。
立ち去った女性…… 父親の再婚相手である女性に、わたしが冷たい態度を示さなかったこと?
再婚相手との間にできた赤ちゃんに対して「かわいい」と言ったこと?
その時は聞き流したが、ずっと腑に落ちなかった。
その事に、何となくこたえに近いものを発見したのは数年後……
わたしは父親と同じ、学校の先生になった。
今朝も早くから、職員室に電話が鳴り響く。また長くなりそうだと誰もが予感する。
相手は世間でいう「モンスターペアレント」と呼ばれる類の、学校や担任にクレームをつけることで有名なある生徒の母親だ。彼女の話はいつも過剰な要求に思えた。電話をとった担任の先生は、ひたすら傾聴につとめ、受話器を置くころにはすでに一時限目の授業がはじまる時間…… なんて事がほぼ毎日。
「朝から大変ですね」
と声を掛けたところ、先生の返事は意外なものだった。
「大変? ああ、みんな、この方を厄介なクレーマーのように捉えてるね。
確かに彼女の要求は過大かもしれないけれど、それは学校や先生への期待ゆえ。 大事な子どもを預けているんだから、何も関心がないという人よりも、よほど子ども想いの熱心な親御さんだと僕は思うよ」
まるで予想していなかった言葉を耳にして、わたしは何も言えなくなってしまった。
日々の業務に忙殺される中、そんな風に物事をとらえるようになるまで、わたしはあと何年かかるのだろう。わたしはその先生に尊敬の念を抱くばかりだった。
期待が大きい分、応えてもらえない怒りや不満、裏切り感も大きくなる。
まるで、振り子のようだ。
振り幅が大きいほど、振り子の反動が大きくなる。
あの時、父親に「やさしい」と言われて感じた違和感の正体はこれだ。
わたしはやさしいのではなく、実の父親に何一つ期待していなかっただけだ。
新しい奥様とのこどもに対して「かわいい」と言ったのは、嘘でもお世辞でもない。単純に、わたしがこども好きなだけだ。他人のこどもに対して言うのと何ら変わりない。
「半分は血のつながった妹♡」なんて思うはずもなく、【赤ちゃん=かわいい存在】という方程式がわたしの頭の中に染み付いていて、それが咄嗟に口から出ただけなのだ。
やさしさでは、決してない。
物心ついた頃から、父親はほとんど家にいなかった。その理由をわたしは仕事だと信じて疑わなかった。父親には早く家に帰ってきてほしかった。さみしいからというより、寝る前に布団の中で聞かせてくれるおはなしが楽しみだったから。
ヘンテコな創作話にわたしや妹が登場したりして、父親の口が動くたびに紡ぎ出される物語に、絵本とは違う世界に、とにかくワクワクした。
一生懸命父親の帰りを待つのだが、こどもなので、夜は少しずつ瞼が重たくて目を開いていられない。
「ああ、今夜もお父さんを待ってあげられなかった」
わたしたちのために仕事を頑張ってくれているのに、わたしはいつも起きていられない。ダメな子でごめんね……と思う頃には夢の中。
朝起きると父親はいないので、朝早くから大変やなぁと本気で思っていた。その頃には既に他の女性の所に行っていたなんて! 夢にも思わなかった。
わたしは引っ越した時も、転校した時ですら、親の離婚に一切気が付かなかった。田舎を出る移動の車中、一度だけ「ねぇ、お父さんは?」と聞いてみた。母親が来るかなぁ来ないかも……と言葉を濁すので、それ以来、父親の話はしないことに決めた。
一緒に来るかどうかもわからない父親よりも、小学校低学年のわたしには考えることが山ほどあった。新しい学校でできる友達や新生活のことで頭がいっぱい。
母親は、3姉妹を抱えた今後の生活に不安しかなかったと思うが、わたしの脳内は希望で満ち溢れていた。
両親が離婚するまでは、父方の実家で祖父母の愛情をたっぷり受けて過ごした。両親は共働きだったので、必然的にわたしはおじいちゃんおばあちゃん子になった。
その祖母が倒れたと聞かされた時は、耳を疑った。……末期ガン。医者の診断は「早くて1ヶ月、もって3ヶ月」だった。プロの見立ては悲しいほどに正確で、先日まで元気だった祖母は2ヶ月で息を引き取った。
「本当にごめんなさい」
ちいさな手に喪服の袖をつかまれたのは、その祖母の葬儀での事だ。
思い起こせば、祖母のお見舞いでも、わたしたち姉妹が病室で再婚相手と赤ちゃんに鉢合わせてしまった事がある。女性はわたしたちに遠慮して、赤ちゃんとすぐ退室した。……が、あろうことか父親が、わざわざ赤ちゃんを抱いて病室に戻って来たのだ!
赤ちゃんとの初めての対面。父親はわたしたちが喜ぶとでも思ったのだろうか? 実の父親ながら何を考えているのかわからないが、どうも新しい家族を隠すつもりはないらしい。再婚したらしい事は聞いていたが、こどもがいる事実には少なからず動揺した。その場に居合わせた多感な中高生の妹たちも同様だったろう。
病院からの帰り道、妹たちは嫌悪感を露わにした。「お父さんマジで頭おかしい」「赤ちゃんのクセに全然かわいくない」赤ちゃんの口元は、確かに新しい奥様にそっくりで特徴的だった。
一方で、わたしはというと……「無」だった。
特にかわいいとも思わないが、腹が立っているわけでもない。
わたしは、本来父親に対して持つべき期待や愛情をこれまでに放棄しきってしまったのか?
あの時、真っ直ぐな感情を爆発させた妹たちのほうが、父親へのある種の期待や愛情が残っていた証なのかもしれない。
そう考えるとね、お父さん
やさしいのはわたしではなく妹たちのほうやよ?
でもね、わたしお父さんに愛情をかけてもらってないなんて思ったことないんやよ。
お母さんを裏切ったこと、わたしたちより別の女性を優先したことはヒドイけど
だからといって
最初から愛情がなかったなんて絶対に思わない。
お父さんが描いてくれたりんごの絵、
つくってくれた木製のネームプレート、
保育園の行事の手づくり仮装、
連れて行ってくれた東山動物園や、醒ヶ井、養老公園。
夜におはなししてくれた出鱈目にも程がある物語たち……
ぜんぶ、お父さんからもらった大切な思い出。
今後わたしたちの家族に戻りたいなんて虫のいいことは絶対に認めないから
お父さんはお父さんで、しあわせな家庭を築いてね。
愛情たっぷりかけてあの子を育ててよね。あの出鱈目な話も聞かせてあげてよ! アレおもしろいからさ、きっとこどもはハマると思うんだよね。寝かしつけるための話なんやろうけど、興奮すると寝付けなくなるから逆効果やけどね(笑)
わたしたち家族はこれからも楽しくやっていくから、お父さんも、お元気で!
***
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