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天使よ!君の名は……


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:佐藤 みー作(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
2、3日前から自転車の鍵が見つからない。
周囲が坂だらけの我が家、どこに行くのにも何をするにも坂を上り下りしなければならない。
愛用の電動自転車が使えないというのは死活問題なのだ。
 
最後に使った日を思い出す。
脳内でその日の行動を再生しながら、同じ行動をしてみるけど、自転車の鍵を置いたはずのところにはない。
使っているかばんをすべてひっくり返して捜索するが、出てこない。
最近来ているジャケットのポケットをすべてひっくり返して捜索するが、出てこない。
「まさかこんなところに?」と思いながら、靴箱の裏というまさかの場所を探してみてもやっぱり出てこない。
 
イライラする心を鎮めようとしながら、あの日のことを思い出す。
 
社会人向けの講座で北海道の大樹町というところへ宇宙ビジネスのフィールドワークで訪問した。
東京の社会人40名余りを引率して、民間の宇宙ビジネスの最前線を見学するのが目的だった。
広大な土地は北海道では珍しくないが、十勝平野にある大樹町は北海道でもめずらしく雪の少ないところで、民間のロケット開発会社が進出し、ロケットの発射実験を行ったり、町のはずれにある多目的航空公園では宇宙港の構想などが計画されていた。
 
我々が訪れたその日は、雪はほとんど降らないと言われていた大樹町に訪問前日からなぜかドカ雪が降った。
フィールドワークの最終日、町のはずれにある多目的航空公園に到着すると見渡す限り、一面の銀世界で、地元の町役場の人が驚いていた。
東京からお連れした参加者は、それぞれが一流企業にお勤めの立派なビジネスパーソンだったが、一面の雪を目にしたとたん、子犬のようにはしゃぎ周り始めた。
 
お約束の雪合戦を始める者。
水分が少なくて固まりにくい雪で、それでも雪だるまを作ろうとする者。
まったいらの雪面に自分なりの新しい道を作って喜ぶ者。
ふかふかの雪の上に思いっきり背中から倒れこみ、両手足をバタバタさせて天使の形を作って楽しむ者。
 
雪の魔術にかかったかのようにそれぞれが見学の目的を忘れて、参加者全員が子犬のようにはしゃぎまわっていた。
 
「ないっ!」
 
参加者の1人が突然叫び声をあげた。
 
その声に振り返り、慌てて駆け寄り、事情を聴くと携帯電話を落としたというのである。
すぐさまみんなに協力してもらって、あたりを捜索するが、出てこない。
思い出が沢山詰まった携帯を失くし、半泣きになって慌てる本人を何とか落ち着かせて、衣服のポケットも確認してもらうけど出てこない。
私の携帯から彼女の携帯に電話をしてみる。
みんなで耳を澄ましてみるけど、どこからも携帯の音は聞こえない。
 
どうやら、雪の上に倒れこんで、天使の形を作る遊びをやっている間に落としたようだ。
 
見渡す限りの雪原を前に、さっきまであんなにキラキラと美しくて輝いているように見えた景色はいつの間にか荒涼とした景色に変わっていた。
太陽に雲が陰り、冷たい風が吹き始めた頃、
「サトウ居残り……」
そんな声がどこからか聞こえたような気がして、途方に暮れた。
 
だが、フィールドワークの主催者として気を取り直し、とりあえず、本人以外の参加者には予定通りの行程に戻ってもらい、私は本人と、帯同してくれていた町役場の人と携帯の捜索を続けることにした。
足で雪を蹴散らしながら、たまに夢中で雪を掘ったりしてみている自分とは違い、町役場の人は頼もしかった。
あたりまえと言わんばかりに車のトランクから除雪用の大きなスコップを持ってきて、彼女が遊んだらしい場所を慣れた手つきで堀り返してくれた。
 
それでも携帯は出てこない。
 
当の彼女は何度も到着してからの自分の行動を再現してみているが、どこからも出てこない。
まさかと思い、行ってもいないトイレを捜索したり、携帯電話を持って降りたのは実は思い違いで観光バスにおいて来たんじゃないかとバスの中も捜索したりした。
1時間ばかり探しても見つからなかった。
いい加減、私自身ももう寒さの限界が来ていた。
どの時点でこの捜索を辞めるべきか?
本人に諦めてもらうには何というべきか?
春になって雪が解けたころ、またここに探しに来るべきなのか?
春になって携帯が出てきたとしてもおそらく壊れているよね?
半狂乱になりながら携帯を探している彼女を見つめながら、そんなようなことをぐるぐる頭の中で考えていた。
 
「そうだ! ○○様にお願いしよう!」
 
彼女はまた突然叫んだ。
聞けば、彼女は物をなくした時にお願いを聞いてくれる天使を知っていて〇〇様という名前だそうだ。
彼女は何度もこの天使に助けられていて、今までお願いすれば必ず失くし物が出てきていたそうだ。
 
「もうちょっと早く言ってくれればいいのに」そう、私はふるえながら心の中でつぶやいた。
 
半信半疑のまま、彼女にお祈りをしてもらうことにした。
「○○様、お願いします!」
お祈りの言葉は思いのほか簡単だった。
 
お祈りの後、少し呼吸を置き、また彼女は携帯を探しに歩き始めた。
警察犬を見守るかのように私と町役場の人は彼女の後に続いた。
 
「あった!」
 
彼女はまた叫んだ。
あんなに、何度も何度も探した彼女がはしゃいで作った天使は掘り返されすぎてもう、その原型をとどめていないほどぐちゃぐちゃだったが、でも、確かにそこから携帯電話が出てきた。
 
彼女がスローモーションを見ているかのように雪の中から携帯を取り出した時、オーケストラの演奏で展覧会の絵のキエフの大門が頭の中で鳴り響き、クライマックスを迎えた。
「いや? 私は彼女に騙されているんじゃないか?」
そう、疑いたくなるほどの奇跡だった。
冗談にしてはこの捜索は過酷だったので、やっぱり本当だったんだと思うが、今でも、この話を思い出すと「やっぱり手の込んだどっきりだったんじゃないか?」と思うことがある。
 
そしてまさにこんな時に思い出さなきゃいけないベストタイミングに遭遇しているにもかかわらず、その天使の名前をどうしても思い出せず、途方に暮れる私なのである。
 
 
 
 
***
 
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2021-06-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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