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大きな水槽


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:岡本桃佳(ライティング・ゼミ日曜コース)
※この記事はフィクションです。
 
 
弱肉強食を、もしくは食物連鎖を教え込む料理店で、食事をした。
 
そこは、凝った造りをしていた。全体的に明るさを抑えた店内に、丸い木製のテーブルに椅子。高さのある天井からは、オレンジ色のランプが下がっていた。一見すると、シンプルな造り。しかし、どれもこれも、この店内で一番に存在感を放つ、大きな水槽を目立たせるために計算されていると分かる。
 
入り口と反対側の壁、一面を覆う大きな水槽があった。
青いライトに照らされて、綺麗に浮かびあがっていた。その中を、色のついた小さな魚、ごつごつと大きなえび、スーパーに並んでいる見慣れた魚が一緒くたに泳いでいた。
 
「きれいでしょう?」
そう言って、得意げに微笑んでいるのは、ここに私を誘った友人。高校からの付き合いで、もうかれこれ10年近くになる。
「きれい」
素直にうなずいた。
「前にね、彼と一緒に来たんだけど、料理も美味しくて、食に疎い人なのに喜んでたから、あんたもどうかと思って」
「そっか」
 
彼女の言う、「彼」は会うたびに変わる。半年に一度くらい、彼女とこうして食事をするが、この間会ったときに話していた彼は、確か「作ってくれるご飯がぜんぶ美味しい」人だった。
 
向かい合って、丸い小さなテーブルにつき、メニューを開いて驚いた。
「あれ、食べるの?」
私は大きな水槽に泳ぐのを指差す。
「そうよ。ここのおすすめよ。でも、安心して、あそこの水槽からとったりはしないから。奥にも同じような水槽があって、そこからとるんだって。だから鮮度は同じ。彼もね、気になってここの人に聞いたのよ。あそこからとられたんじゃ安心して食べられないって」
 
彼女は丁寧に説明してくれたが、どうやら「彼」と私は気に懸かるところが違ったようだ。「同じような水槽」に入っているのに、こちらの水槽に入ったのは展示用で、奥の水槽に入っているのは食用であることの方が、安心できない。
 
魚やら海老やらにとって、展示用の水槽で照らされながら泳いでいるのか、それとも食用の水槽に入って人に食べられるのか、どちらがよいのかは知らない。でも、私にとって、展示用の魚を見ながら、食用の水槽にさっきまで入っていたらしい魚を食べるのは、奇妙な感じがした。かわいそうというのとは違う、違和感を覚えた。
 
きっと、ここの店主は、魚たちとそれを食べに来たお客に、弱肉強食を教え込みたいのだ。もしくは、食物連鎖の一部を。そうでなかったら、サイコパスかなにかの素質があるに違いない。自分の中の「奇妙な感じ」を、そう無理やりに納得させ、彼女との食事に集中しようとした。
 
おすすめだと言われると、それを避けるわけにはいかず、食用の水槽出身の魚とえびの料理を注文した。出された料理は、彼女の言った通りどれも美味しく、ワインともよく合って、お腹がいっぱいになるまで食べてしまった。彼女に美味しいと伝えると、「そうでしょう」とまた得意げに笑った。
 
その夜は、彼女も私も上機嫌で帰路についた。もう「奇妙な感じ」はしなかった。
 
「きれいなところを見つけたから」と、週末、私の「彼」が私を連れて行ったのは、部屋に大きな水槽のあるホテルだった。二重になった扉を開けて、水槽を見つけた私は、あまりにも立て続けに水槽を見たことに驚いて、
「あの魚は食べないでしょう?」と思わず、彼に尋ねてしまった。
「食べないと思うけど。お腹がすいているの?」と、心配したように聞き返されてしまう。
私は、まだ困惑しながら、「そういうことじゃあないの」と首を振った。
 
ホテルの部屋の大きな水槽には、色とりどりの魚が泳いでいた。時間で色の切り替わるライトに照らされた、その水槽は、部屋の照明を落とすと、ぼんやり浮かびあがった。
 
広いベッドに横になって、水槽に泳ぐ魚を眺めていると、また「奇妙な感じ」がした。だから、彼にこの間の料理店の話をした。
 
「そう。だから、食べられないか心配していたのか。熱帯魚をどうするつもりか、驚いたよ。あれは食べても美味しくなさそうだな」
彼はそう言って静かに笑ったが、まだ「奇妙な感じ」がした。
 
弱肉強食や食物連鎖を教えたいのでもなく、サイコパスでもないのなら、いったいここの管理人はなにをしたいのだろう。
 
翌朝、彼とカフェで軽く朝食をとって、家に帰っても、「奇妙な感じ」が消えなかったので、私は友人に電話をかけた。
「どうしたの、この間会ったばかりなのに」
普段めったに自分から電話をかけることはないので、彼女は驚いた声で尋ねた。
「どうってことはないんだけどね」
そう前置いてから、私はついさっきまで彼といたホテルの話をした。
 
「ふうん。で、その彼名前は?」
彼女が急に尋ねたので、私は彼の名前を告げると、
「あー、違ったか! これで、彼は同じ人でした、なんてことになると面白かったのに」
そんな可能性は、ほんの少しも考えなかった。それに、そんなオチを当事者ながら面白がれるのは彼女くらいだ、と思って、高校生のころから変わらない彼女に笑ってしまう。
 
「でも、なんだって男はそんなに水槽を選ぶのかしらね。そうだ、今度、あんたの彼と私の彼も呼んで、水族館に行きましょう」
彼女は急に思い立ったように言った。
「いいけど」
「きっと楽しいわ」
彼女が嬉しそうに話すので、私の「奇妙な感じ」はいつのまにかどこかに消えてしまった。
 
 
 
 
***
 
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