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子供は銭湯で育てもらった


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:宮村柚衣(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「はい、はい。ちょいとごめんよ」
 
呆然と立ち尽くす私の横で、手際よく手桶に水を汲みバサァーバサァーと床が洗い流されていった。
 
どうして、こんなことになったのだろう。
先程まで、機嫌よく2歳の娘と1歳の息子と一緒にお風呂に入っていただけなのに。
 
素足に流れてくる冷たい水を感じながら、私は混乱する頭で必死に考えた……。
 
近所にある創業70年を超える下町の銭湯がリニューアルされ、5階建ての綺麗なビルに建て替えられたのは、つい最近のことだった。
 
スカイツリーが見下ろす小さな街に、その銭湯はある。
 
お母さんになって2年。2歳と1歳の年子育児に疲れていた私は、癒しを求めていた。
 
子どもたちも歩けるようになり、日々、エンターテイメントを求めていた。
 
銭湯は私と子ども達、双方の欲求を満たす一石二鳥な場所だと思えた。
 
「今日は大きいお風呂に行こう!」
 
晩春から初夏へ移り変わる頃。私と子供たちは新たな世界を求めて、ママチャリで冒険の旅に出た。
 
靴を下駄箱に入れ、下足札を取るだけで子ども達は楽しそうだった。
なんてったって、冒険者レベル1だもの。見るもの全てが新鮮だ。
 
ドラクエに例えるならば、初めてアリアハンの街から冒険に出かけたようなものだ。
 
入浴券を買う発券機を見ては、自分達でボタンを押したいと飛び跳ね、番台のお姉さんを見つけると、自分達で入浴券を手渡しに行った。
 
4階と5階が湯場となっており、週替わりで男湯と女湯が交互に入れ替わるらしい。
 
エレベータを待っている間も、どんなお風呂が広がっているのかを想像するだけで私達はウキウキした。
 
その日は、4階だった。
服を脱ぎ(防御力0)、タオルを持ち(攻撃力1)、トイレを済ませ、私達はドキドキしながらガラス張りの引き戸を開けた。
 
そこは、パラダイスだった。
 
都内でよく湧き出るという黒湯が溢れる湯船(源泉かけ流し)。
肩こりと腰痛に効くジェットバス。
体温と同じ温度に保たれた長時間入れる不感温泉や半露天風呂。
 
すべてが最高で、私の身も心も癒してくれた。
 
子供たちは大きなお風呂に喜び、泡のスライムを倒したり、不感温泉で冒険ごっこをしたりして楽しそうだった。
 
私と子ども達はその下町の銭湯が大好きになり、ちょくちょく通うようになった。
 
そんな中、事件が起きたのだ。
 
1歳の息子が湯船の手前の通路でオシッコを漏らしたのだ。
というか、素っ裸のままオシッコが止まらなくなったのだ。
 
しょうべん小僧そのままの息子の姿を前に、私は凍り付いた。
 
1歳の息子に止めなさいと言っても、生理現象が止まるわけない。
小脇に立つ2歳の娘を置いて、息子を担いでトイレに連れて行こうにも、被害が大きくなるイメージしかない。
 
周りの人たちの視線を受けながら、私は微動だにできなかった。
 
右手に2歳の娘の手を持ち、素っ裸で立ち尽くす私の姿は傍から見たら、さぞかし滑稽であっただろう。
 
とても長い時間が過ぎた後、息子のオシッコは終わった。
 
どうしよう?
 
そう思った瞬間、洗い場にいた線の細い年配のご婦人が立ち上がった。
 
怒られる! と、思った瞬間……。
 
「はい、はい。ちょいとごめんよ」
 
と、手桶に水を汲みバサァーバサァーと手際よく床を洗い流したのだ。
アッという間の出来事のあと、そのご婦人は何事もなかったように温泉に入っていった。
 
キョトンとしている私と子ども達。
 
ハッと我に返り、私は息子のオチンチンを洗い、ご婦人にお礼を言い行った。
 
「お礼なんていいわよ~。子供だもの。」と、その方は笑顔で言った。
 
涙が出るほど嬉しかったのを覚えている。
 
それから7年。私は今もその銭湯に通っている。
 
通う度に、顔見知りが増え、常連達とも挨拶をするようになった。
(息子のオシッコを洗い流してくれたご婦人も常連さんだった。今では世間話をする仲だ。)
 
常連さん達は下町らしく、口は悪いが腹にはこだわりがなく気性はさっぱりしている人が多い。
 
常連さん達は、「うるさいよ!」と、子ども達が幼かった頃、怒ってくれたりもした。といっても、ネチネチ怒ったりはしない。赤ちゃんが泣いていることに怒ったりもしない。分別がつく年頃の子供に、カラッと叱ってくれる。
 
ダメな事をした時に、親以外にちゃんと叱ってくれる人がいることがありがたかった。
 
反対に、常連さん達は子供たちが挨拶をすると、とても褒めてくれる。
 
褒めてもらうと子供たちは喜んで、常連さんを見つけては挨拶をしに行くようになった。子供達が挨拶をしに行くと、常連さんたちは「しっかりしているね。えらいね」と、もっと褒めてくれるので子供たちは挨拶を欠かさない子供に育った。
 
常連さんの中には幼少期から通っている方も居る。
 
「私がね、子供を生んだ頃は、銭湯に“お姉さん”と呼ばれる人が居てお風呂に入っている間は子供を見てくれたのよ。だから、今は子供が産まれるとゆっくりお風呂にも入れないって言うけど昔はそんなことなかったのよ」
 
目から鱗話だ。子育てって昔はもっと大変だと思っていた。
 
残念ながら、今の銭湯に“お姉さん”は居てない。
しかしながら、常連さん達が“お姉さん”のように子供たちの面倒をみてくれている。ありがたいことだ。
 
今、私の子供たちは9歳と8歳に成長した。
我が子達ながら、とても分別のある人懐っこい子達に育ったように思う。
 
銭湯という小さな社会で小さな時から育ててもらったおかげだ。
 
銭湯は、子どもにとってのエンターテイメント、親にとっての癒し、そして、子供の躾まで出来る一石三鳥の場所なのだ。
 
小さな子どもの子育ては、とても疲れる。
そんな時は、近所の銭湯に冒険に出かけてみてはどうだろう?
 
「今日は大きいお風呂に行こう!」
 
きっと、子ども達は目をキラキラさせて喜ぶに違いない。
 
 
 
 
***
 
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2021-07-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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