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何はともあれやってみる!


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:串間ひとみ(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
「得意料理は何ですか?」
 
私が料理の先生と知ると、たいていの人にこう聞かれた。
 
「何が得意ってことはありませんが、それなりに。作るのが楽しいのはパンですね」
 
「パンお好きなんですね」
 
「いえ。パンを作るのは好きですが、ふだんはほぼ食べないです」
 
「……?」
 
ここまでの流れがワンセット。この最後の言葉になってない部分はもちろん、
 
「えっ? 作るのは好きなのに、あまりパン食べないの?」
 
もしくは、
 
「パンは好きなの? そうでもないの?」
 
と、そのあたりだろう。
 
私はもともとパンを好んで食べる方ではない。というよりも、ご飯の方が好きなのだ。それも玄米。自分のパン作りのヒントになるという理由で、美味しいパン屋さん情報を聞けば買いに行くし、そこのパンが気に入れば、また買うこともあるけれど、スーパーやコンビニでパンを買うことはない。パン作りをしていても、パン食は全くと言っていいほど、私の食生活には浸透しないままだ。
 
買ってまで食べたいと思わないけれど、パン作りはしたいという矛盾は、私が先生になったときに遡る。
 
料理の先生を始めたとき、先輩の先生から
 
「パンも教えられるようになろう!」
 
と、その先輩が通っていたパン教室に連れて行かれた。その当時、平日は通常業務の後に、夜間の調理師専修学校に通うことが義務付けられていたため、朝6時くらいには家を出て、日をぎりぎりまたぐかまたがないかみたいな時間に帰っていた。きつかったし、できることなら週末くらいゆっくり休ませて欲しかった。けれど、初めての就職先の先輩の誘いとなれば、断るというわけにはいかなかった。
 
週末、先輩と待ち合わせをしてパン教室に向かう途中、まったく乗り気でないことに、私の貴重な休み時間と、労力とお金が使われることに納得できず、帰りたくてしょうがなかった。仕事の延長のようなことのために、私は早起きしたのだ。貴重な日曜日に。
 
簡単な説明が終わり、さっそく最初のレッスンが始まった。1回のレッスンにつきパンが2種類とお菓子が1種類。初級から始まり、中級、上級まで終えると講師の試験を受けることができる。そしてその後もまだまだ上のレベルがある。
 
「武道や書道などのようにパン作りにも階級があるのか……。難儀なことよ」
 
パンの生地をこねながらも、私はまだ内心ふてくされていた。
 
ところが、自分のこねたパンが発酵して、むくむくと大きくなった姿を見たとき、自分の中で何かのスイッチが入った。
 
「かわいい……」
 
さっきまで、私の手が触れていた材料たちは、こちらが力いっぱいぐりぐりとこねても、なかなかのびてくれず(このこねる作業でグルテンを作っている)、うっすら汗をかいたほどだったのに、発酵器の中の生地は、かたさをみじんも感じさせないふわっとした様子に変化していく。パンがイーストの力で膨らむということは、知識として知っていたが、想像以上の膨らみぶりに驚いた。
 
一次発酵が終わったパンが、作業台に戻された。触れると、赤ちゃんの肌のような何とも言えない柔らかさが伝わる。数十分前に私がこねていたものと同一の物体とは思えない。
 
それを分割して、丸め、ベンチタイムをおき、さらに成形をして、仕上げ発酵、最後にパンの乾燥防止と照りをつけるための焼卵を塗って、いざオーブンへ。パンの焼けるいい香りに、幸せな気分になる。毎日の疲れと、なれない作業があいまって、香りに包まれながら眠くなった。ほどなく、パンが焼け、お店のものと見まごうばかりのパンがお皿に並べられた。
 
普段パンを好んで食べない自分が、手塩にかけたパン。おいしくないはずがない。朝食を食べてなかったこともあり、今まで食べてきたどのパンよりもおいしかったのではないかと思う。
 
パンのぷうーっと大きくなる姿と、柔らか手触りのとりこになった私は、その後10年以上にもわたってパン教室に通い、初めて説明された時には、はるか遠くに感じた講師にまでなった。試験1ケ月前には、試験課題であるあんぱんと食パンをとにかく毎日焼き続けた。パンの先生の家にもできるだけ毎日持っていって見てもらい、次の日に改善するの繰り返し。自分ではとても消費しきれないそのパンの山を、職場の先生方が買ってくださったり、生徒たちにおすそわけした。今思い出しても、自分ではそんなに食べないパンに、よくあそこまでできたなと思う。
 
興味がなかったことに、ここまでのめり込めた驚きと、その技術を手にするために努力ができたことは、自信になった。よく考えたら、料理だってそうだ。そもそも大学で家を出るまで、ほぼ料理をしてなかった私が、料理の先生になった。成り行き上とはいえ、料理と向き合っているうちに面白くなった。写真もそう。父が写真を趣味にしていたが、実家にいる頃は、「写ルンです」以外使ったことのなかった私が、一眼レフを買う日が来ようとは、社会人になってもまだまだ想像していなかった。
 
人生を振り返ってみると、それまでに全く興味がなかったこと(私の場合はやりたくなかったパン作りでさえ)が、やや強引に引きずり込まれたとか、仕事でやむなく向き合わざるをえなくなった等の積極的でないきっかけだったとしても、とんでもなくハマることもあるのだという経験をたくさんしてきた。何かを始めるチャンスは、どこに転がっているか分からないものだなあと思う。もちろん人の感性や考え方がそれぞれ違うので、どの部分がその人の琴線に触れるかは分からない。だからこそ、やってみないと分からないのだ。食わず嫌いならぬ、やらず嫌い。パン作りは、先輩の強引さが生んでくれた私の楽しみだ。あのとき断らなくて、本当に良かったと思う。
 
自分の人生の楽しみが、どこからどんな風にやってくるのか? いつもいい顔して近づいてくるわけではないことは、パン作りの前例で分かっている。だから、苦手そうとか、興味がないと思っても、それだけで門前払いをせずに、
 
「何はともあれやってみる!」
 
という姿勢でいたいなと思う。もしかしたら、これからの人生をもっと面白くするものに、出会えるかもしれないから。
 
 
 
 
***

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2021-07-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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