1度きりの表彰台
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:Hisanari Yonebayashi(ライティング・ゼミ平日コース)
デスクの上に僕の人生唯一の表彰台に上がった写真が飾ってある。
小学校5年生の僕は、真っ白な雪が跳ね返す光に目を細め、真っ赤なほっぺたで満面の笑みを浮かべている。
チーム全員が最高の笑顔で写っていた。
僕の生まれた町はスキーが盛んだった。
盛んというよりも冬になったらスキーくらいしか遊びが無かったのだからしょうがない。
全国レベルの高校があって、僕らが良く行くゲレンデは彼らの練習場だった。
そこで見られるのは楽しむスキーというよりは世界を目指す過酷なスキーだった。
僕は小学3年生から、そのスキー場にあるスキーチームに所属していた。
大柄でひげもじゃのインストラクターはみんなから熊五郎と呼ばれ親しまれていた。
スクールにはちゃんとしたカッコイイ名前があったのだが、誰もその名を呼ぶことなく、「熊さんチーム」とみんなから呼ばれていた。
本格派のチームがもう一つあって、そのチームは常にヘルメット着用でハードな練習をこなすエリート集団だった。
僕のいたチームは上達を目指してはいるけど、どちらかというと楽しさ重視のチーム、だから上手になると物足りなくなって本格派チームに移籍する人も少なくはなかった。
僕の大会での成績はいつも真ん中辺り。
楽しかったので練習はほぼサボらずに出席していた。
熊五郎の練習メニューはとにかく変わっていた。
リフトには乗らず、スキーを担いでひたすら斜面を登ったり、今日は片足だけスキーを着けてファミリーゲレンデ滑ろう! なんて、やったこともないことの連続。
1日中ソリ滑りの日だってあった。
人気だったのはワールドカップの映像を何度も再生し頭に叩き込んでから始める、トップ選手のスキースタイルモノマネ大会。その気になれば下手くそな小学生でもそれらしく見えるから不思議だった。
エリートチームからはいつも「また、あいつら変な事やってるなぁ」という目で見られていた。
そして、僕が5年生になった時の市民大会。
ローカル大会とはいえ、ハイレベルで本気モードに満ち溢れた大会である。
それはその年のシーズン最終戦でもあった。
「おまえ! スゲータイム出てるぞ!! 今、トップだぞ!」
滑り終えた僕に熊五郎が駆け寄ってきた。
その日の滑りは不思議な事に今でもはっきりと覚えている。
目を閉じると約30の旗門が一つ一つ浮かんでくるぐらいである。
それは、スキーのエッジを立てて跳ねていくというよりは決められたレールの上を落ちていく様な力の抜けた感覚だった。
僕のタイムはその時点でまさかのトップタイムだった。
雪の降りが激しくなってゲレンデの状況が悪くなってきた。
もしかして! 優勝!? と思ったが、残念ながら僕のタイムは後に滑走した熊さんチームの6年生に抜かれて最終的には2位だった。
その大会の小学生高学年クラスは熊さんチームが表彰台を独占したのである。しかも僕が2位!
熊さんチームに完膚なきまでにやられた本格派のチームは全員整列させられていた。
「熊チームに負けるとはどーゆーことだ!!」と、コーチが鬼の形相でストックを振り回し怒っていた。
表彰台が当たり前だった選手は涙をぬぐっていた。
激しくなっていた雪も止み、表彰式には。太陽が顔を出した。
どこで何をしたらいいのやら、表彰台慣れしていない3人にカメラマンが何度も笑顔とポーズを要求していた。
「おまえら! カッコイイぞーー!!」
周りを気にすることもなく号泣する熊五郎。
表彰式は笑いに包まれた和やかなものになった。
熊五郎は表彰台に上がった三人をまとめて抱きしめ、さらにおいおいと泣き続けた。
熊五郎のひげが頬をに当たり、みんな顔をしかめていた。
優勝した子が「熊―! 止めろー! 離せ―!」と叫び、再び会場に笑いが溢れた。
熊さんチームは最高の形でシーズンを締めくくった。
熊五郎のスキースクールはとにかく楽しかった。
当時小学生だった僕には良く分かってはいなかったけど、あの日、熊さんチームが表彰台を独占したのは奇跡や運じゃなく、熊五郎勝利のメソッドが実を結んだ瞬間だったのではないだろうか。
基礎トレーニングは基本的に面白いものじゃない。
特に子供はつらくなったり飽きてくるとすぐにトレーニングをサボりだす。
熊五郎はそれを上手に楽しく乗り越えられるようにたくさんの雪遊びの中に取り入れていたのだ。
基礎を楽しんでいたらいつの間にか上手になっていたなんてあまりにも理想的ではないだろうか。
後になって熊五郎のコーチ力さらに言えば人間力の高さを確信した。
春になり熊さんスキースクールからダイレクトメールが来た。
そろそろゴールデンウィーク合宿のお知らせかなと思いワクワクしながら封筒を開くと、それはスクール閉校のお知らせだった。
僕は初の表彰台に上がり、今シーズンは最上級生。
「次は一番高いところに!」という気持ちになっていただけにショックは大きかった。
熊五郎は新婚の奥さんを連れてオーストラリアで再出発すると書いてあった。
チーム員は優先的に本格派スキーチームに入校できるよう書いてあったが、僕は転校しなかった。
そして、この年からスキー場に行く回数はめっきり減った。
この時、改めて思った。
僕は熊五郎と一緒にスキーがしたかったのだ。
以来、熊五郎には会っていない。
競技スキーも止めてしまったが、ふと思い立ち、熊五郎の所在を追いかけてみた。
フェイスブックにオーストラリアの山で元気にロッジを営む姿をみつけた。
真っ黒だったひげは真っ白になっていたけど、笑顔は当時のままだった。
これは、熊五郎勝利のメソッドを聞くチャンスはまだあるようだ。
もしかして人生二度目の表彰台を狙えるかもしれない。
***
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