メディアグランプリ

ジョイナーになりたかった私

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:齊藤ひろこ(ライティング・ゼミ超通信コース)
 
 
フローレンス・ジョイナー。
1988年のソウルオリンピックでは、100m・200m・400mリレーで金メダルを獲り、3冠を達成したアメリカの女子短距離走の選手だ。
33年前に出した100mの記録はいまだに破られていない。
 
スプリンターとしての圧倒的な強さはもちろん注目の的だったが、彼女の女性らしさを強調した奇抜とも言えるファッションが、連日メディアを賑わせた。
ウェーブのかかった黒いロングヘアに、真っ赤な口紅に耳にはピアス。
赤や蛍光色の派手なウエアは水着みたいにセクシーだったり、片足だけが長かったりと独創的なものばかり。彼女が現れるとまるで砂漠に大輪のバラが咲いたみたいに、トラックを華やかに一変させた。
 
当時小学生だったわたしは、すっかり彼女のファンになっていた。
特に彼女のトレードマークだった、色鮮やかな長い爪に心を奪われたのだ。
あの爪でいったいどうやってシャンプーするのだろう?と心配になるほど長すぎる爪には、1本1本違う飾りや模様が施されていた。
日本ではまだネイルの文化が発展していなかった時代だ。
 
レースが始まるクラウチイングスタートは、私の待ちに待った瞬間だった。
必ず地面についた手元がアップで映しだされる。
綺麗なネイルがまるで熱い地面にメリメリとめり込んでいくようで、そのまま爪が取れてしまうんじゃないかとハラハラしながら見守った。
 
その頃、中学受験のために塾に通い詰めだった私は、ジョイナーになりきることに楽しみを見つけた。
細かい三つ編みをいくつも編んでウェーブヘアを作り、宝物の色つきリップを塗る。近所に住む年上の従姉妹に、薄いピンクのマニキュアをつけてもらったら完成。思いっきり駆けて塾へ向かう。
なるべく早く大人になって、ジョイナーになろうと決めていた。
 
けれどそれは口には出さなかった。出せなかったのだ。
「スポーツする人は髪は短くしなくちゃ。」
「あんな爪でスポーツするなんて変だよね。」
「スポーツ選手は普通化粧なんてしないよね。」
塾の先生や友達には、彼女は眩しすぎたみたいだった。
そのたびになんとなくバツが悪くなり、色付きリップは
ペロリとなめて落とし、ピンクの爪はそっと隠した。
 
 
陸上選手は男子みたいな無造作なショートカットでないといけないのか。
なんの変哲もない地味なランニングにショートパンツを着て、すっぴんじゃないといけないのか。そうしたらタイムが縮まるのだろうか。
この時に初めて「こうあるべき」の壁にぶち当たった。
 
もしもジョイナーがメダルが取れていなかったら
「あんな派手な格好をしているからだ。」
「長い爪なんてしているからだめなんだ。」
とみんなから責められるのだろうか。
 
ならば私も中学に落ちたら
「受験生なのにマニキュアなんてしてるからだ。」
と陰で言われるのだろうか。そう考えるとジョイナーになりきることも、後ろめたい気分が付きまとうようになった。
 
 
ある日、いつものように母の美容院について行った。
母がパーマをあてている間に、女性週刊誌を読み漁るのが好きだったのだ。
どの雑誌にも、時の人であるジョイナーの記事で溢れていた。
 
 
この時、一つの記事に引き込まれた。
「何度も彼女のファッションは大会の主宰者から咎められたり
爪を切るようにと指導をされたこともあったけれど、ジョイナーはそれを断固として拒否した。『ランナーである以前に、私はレディーでありたい』と言い続けたのだ。」確かこんな内容だった。
 
 
パチン!と頭の中で何かが鳴った気がした。
そうだ、他人のジャッジは所詮はその人の小さな価値観でしかない。
私自身の生き方や努力には何の関係もないこと。
好きなものを守るために、目の前のことを全力でやっていけばそれでいいんだ。
 
わたしは陸上選手「なのに」長い髪に真っ赤な口紅やネイルアートを施している、自由なジョイナーだから憧れたのだ。
「〇〇だからこうあるべきだ」なんて、わがままで乱暴な大人が押し付けるのだ。
誰かがつける点数よりも、自分がつける評価を私は一番に大切にしよう。
好きなものを好きと大きな声で言えたら、きっとジョイナーになれるんだ。
答えが見つかった気がした。
 
 
「ジョイナーになるのは大変かな。」帰り道につぶやくと
「あーんなに長い爪、手入れが大変に決まってるでしょ。」真顔で言う母がおかしかった。
 
 
大人になった私は「べき」に囚われて、思考と感情のバランスを失いかけるなんてよくあることだ。
「べき」は自由を奪い、まるで他には選択肢がない正論のように自分自身や相手を追い詰めてしまう。
そんな時は、あの頃ジョイナーになりたかった私を思い出す。
ネイリストという、お客様を綺麗にする仕事について21年が経った。
サロンのコンセプトは「私のカワイイに口を出すな。年齢・職業・性別を超えて、もっと女子を楽しめる場所」。
誰にも遠慮せずに、私は自分の好きを大切にできている。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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