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「積ん読」だった彼女と話し込んだ夜


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:西元英恵(スピード・ライティング特講)
 
 
やっぱり行かなきゃダメなのかな……
お世話になった会社の先輩が退職するという。それで送別会が行われることになったのだ。
しかし、こんなにも気が進まなかった飲み会は後にも先にも無い。
 
母の死期が近づいていた。約15年前の話だ。
しかし、そのことは親族や母の友人など限られた人にしか話していなかった。会社の同僚たちが知る由もなく、誘われたというわけだ。
普段の私だったらお世話になった先輩や大好きな仲間たちと一緒にお酒を飲んで楽しい時間を過ごすところだが、そんな気分には到底なれなかった。
 
それなのに「みんなが来てくれた方が先輩も喜ぶんで!」という強い誘いをうまく断れず結局参加することにしたのだ。
 
行ってすぐに後悔した。あぁやっぱり来るんじゃなかった、と。
先輩は長年勤めあげた上での円満退社とあってそれはそれは大いに盛り上がった。その盛り上がりとは裏腹に私の心はどんどん置いてきぼりになっていくのだった。
 
その頃母は既に余命宣告を受けており、家族はその日が「いつ来るのか」と緊張感の中を過ごしていた。しかも治療中に一度アナフィラキシーショックを起こしたことがあり、業務中に電話連絡を受けた私は、制服・サンダル履きというスタイルのまま病院まで走ったこともあった。毎日気が気じゃなかった。仕事帰りには必ず病院に寄り面会時間ギリギリまで母のそばにいた。
 
そんな中で行われた飲み会もやっと終わりを迎え、「今ここにいるべきじゃない」という強い違和感から解放された。
 
帰る道すがら、同僚のJ子と一緒になった。彼女と私は同じ転職組でたまたま同い年だということもあり、もう一人の同級生K子と3人で一緒に遊ぶことが多かった。食事、カラオケ、旅行……プライベートでも多くの時間を過ごした仲間だ。
 
J子とK子は大学時代からの友達でもあり、あとから入ってきた私は二人の仲に入れてもらう形で仲良くなっていった。
ノリが同じでたまたま自宅が近かったK子と私は二人で会うことはあったが、J子と二人で会うことは無かった。
 
J子は真面目で時間にもきちんとしていて気遣いのある人だ。
しかし、誰も介さずに二人きりで話をすることが想像できなかった。
テンポなのかリズムなのか世界観なのか……大勢で会っている時には気にならないことも二人きりになるとやたらそういうことに気が向いてしまう。
相手の出方を見てしまう小心者の気質が私にあるからかもしれない。
 
「好きだけど二人きりだったら話弾まないかも……」となんとなく思っていた。
 
その夜、何がそうさせたのかわからない。
飲み屋を出て駅までの道のりをたまたまJ子と二人きりで歩くことになった。
私に元気が無いのを察知したのか彼女がぽつりぽつりと話しかけてくる。
強引に聞き出す訳でもなく、かといってクールな印象を与えるでもないその絶妙な距離感につい、母の死期が近いことをしゃべった。
彼女になら聞いてもらえるかもしれないと咄嗟に思ったのかもしれない。
本当はきっと誰かに母の事を話して楽になりたかったのだ。でも誰でもいいわけじゃなかった。
 
彼女は強く励ますでもなく、悲嘆するわけでもなくただただ私の気持ちを静かに受け止めてくれた。その彼女の様子に信頼感が沸々と湧き上がり、重く閉ざしていた心が開いた。
 
私たちは繁華街の人が行きかう道の片隅で話し込んだ。
その時、彼女の口からも悲しい事実が語られた。彼女の父親はまだ若かったが認知症を患ってしまっていた。そして彼女もそのことを誰にも言えてなかったのだ。
 
私たちはお互いの状況を把握し、泣いた。でも人気の多い場所で何やってんだという思いもあり、笑いながら泣いた。
 
その後ほどなくして私の母は宣告通りに息を引き取ったが、それまでの期間彼女は負担にならない程度に私に連絡をくれた。それはいつも心温まる短いメールだった。いつしかは私と母のために神社にお参りしたことが書いてあった。
「ハナちゃんとお母さんが心穏やかな時間を過ごせますように」とにっこり笑顔マーク付きだった。
心底ありがたかった。
 
母の友人たちから電話やメールをもらうことも多かったが、大体は様子を尋ねる内容のものや良くなることを祈っているというものが多かった。気持ちは嬉しいが死期が近いという現実を目の前にすると正直負担の方が大きかった。もちろん全部母の事を思ってのことだけど。
 
振り返って考えると彼女の存在は「積ん読」みたいだと思う。
いつもそこにいてくれて同じ空間で同じ時間を過ごしていたのに本当の魅力を知らなかった。友人の中の一人で当たり障りのない関係性だったけど、知れば知るほど彼女の思想は奥深かった。あの夜、彼女のページをめくり表紙だけじゃわからなかった中身を知る機会を与えられたことはとても大きかった。
 
彼女は読書好きの一面も持っていて、悩みが生じた際は誰かに相談するでもなくとにかく本を読みまくって自分がどうするべきなのか答えを出して解決すると言っていた。すぐに誰かに相談したり、Google検索に走りがちな私にはなかなか真似のできないことだ。
 
今では本当に大切に付き合っていきたい友人の一人だ。でもベタベタした関係ではない。
彼女がどう思っているかはわからないが、少なくとも私は彼女の思慮深いところや人との心地よい距離感の生み出し方、はたまた自分との対話方法など尊敬している。これからも一緒に言葉を重ねていきたいと思っている。
 
あの時母の死がすぐそばに近づいていなかったら、彼女との化学反応も起きていなかったかもしれないと思うと人生って複雑だけど素敵だ。
「積ん読」みたいな人間関係の中に、もしかしたら人生の宝物が埋もれているのかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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