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あなたは100%子供の味方でいられますか?


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:岡 幸子(ライティングゼミ 超通信コース)
 
 
無事に収まるはずだった。
ようやくここまでたどり着けて、私はほっとしていた。
まさか、彼がそんなセリフを吐くなんて!
 
彼は高校2年生。
修学旅行の班分けで、一人だけ、どこの班にも入っていなかった。
その事実に気がついたのは、気のいい生徒が「班分け大丈夫ですか?」と心配してくれたおかげだった。
 
「大丈夫って、何が?」
「Aが、まだどこの班にも入っていないことですよ」
「ああ、そのことなら何とかするから」
 
さも知っていたかのようにその場を取り繕いながら、内心仰天していた。
まさか!
高校生なのだから、修学旅行の班分けなど、本人たちで決められるだろう。
そう信じて任せて気にも留めていなかった。
 
これは、まずい。
他の先生方に知られる前に何とかしなければ。
 
真っ先に気になったのは、生徒のことより自分が同僚からどう思われるかだった。
当時、全日制高校で初めて担任クラスを持った私は、自分の落ち度に焦りまくっていた。
最初から班分けに介入するか、少なくとも任せっきりにしないで監督するべきだったのだ。
 
それにしても。
Aのことを思い浮かべながら私は不思議でならなかった。
成績はごく普通で、部活もやっている。
制服を着崩してくることもない。
物静かで、教師に対して反抗的なわけでもなく、クラスの中で浮いているようには見えなかった。
 
当時、難しい男子生徒のほとんどは髪を染め、制服を着崩し、おまけに成績が悪かったりしたので、そういう凸凹を取扱注意のサインとして受け取っていた。
生徒をみて、
「金平糖のように四方八方にとげを出しているな」
「カメのように固い甲羅の中にもぐりこんでいるな」
そんな風に、その子の個性をつかめていれば、ある程度、行動の予測がついたので気は楽だった。
 
Aは、そんなタイプではない。ごく普通だ。
いや、私は彼のことを、特に凸凹のない丸い形に見ていたけれど。
じつは全然丸くなかった。
一体どんな形なのか。
とにかく、話をしなければ。
 
翌日の放課後、私はAを相談室に呼び出した。
 
「修学旅行の班分けのことだけど」
「ああ、別に気にしてませんから。一人でいいです」
「そういうわけにはいかないわ。部屋割りも班ごとに決めるから、どこかには入らないと」
「先生たちの部屋で寝るとか、ダメですか」
「ダメに決まってるじゃない! 今のクラスに居場所がないってこと?」
「いや、僕の方から積極的に仲良くなりたい人がいないってことですよ。せっかく仲良しグループで班ができてるのに、僕が入ったら雰囲気悪くなるでしょう。こっちも気を使うし。だから一人の方がいいんです」
 
落ち着いた表情で淡々と話すAは、本気で一人を望んでいるようだった。
驚いた。
彼がこんなに「とがっている」とは知らなかった。
円錐だ。
下から見たら丸い円に見えるけれども。
横から見たら、とがった三角形に見える、あの円錐だ。
そういえば、工事現場などで立ち入り禁止の目印に使われるコーンが円錐の形をしている。
彼も、そう簡単には他人を寄せ付けないのかも知れない。
 
その後の面談は、修学旅行で単独行動は認められないという理由で、彼にどこかの班へ入るように説得する場になってしまった。
 
「先生がそこまで言うなら仕方ないですね」
 
彼は、最後には担任の顔を立てる形で妥協した。
私には、彼を受け入れてくれる班を探すという役目が残った。
 
これが難航した。
 
どの班も今さら彼を加えて雰囲気を悪くしたくないという。
彼の分析は正しかった。
 
数日後、学級委員長の男子生徒が、救いの手を差しのべてくれた。
「仕方ありません。ボクたちの班に入れますよ」
「ありがとう! 助かったわ」
「ただ、Aが直接頼みに来ないのは納得いきません。先生からじゃなくて、Aから直接頼まれなきゃ嫌ですよ」
 
正論だ。
そこで私は挨拶の場をつくることにした。
初夏の西日が射す放課後の教室。
そこにいたのは、私と学級委員長とAの3人だった。
 
「A君、よかったね。委員長が同じ班に入れてくれるって」
 
Aは黙っていた。
 
「お礼、言ってね」
 
Aは下を向いている。
委員長の顔が険しくなった。
 
「A君、入れてくれるんだから、お礼言おうよ」
 
Aが顔を上げて、委員長を見た。
あと一息。
ようやくここまでたどり着けて、私はほっとしていた。
まさか、彼がそんなセリフを吐くなんて!
 
委員長は激怒して、教室から出て行ってしまった。
無理もない。
私も怒り心頭だった。
 
「人の親切がわからないの! せっかく申し出てくれたのに、どうして素直にお礼が言えないの!」
 
怒りに任せてぶつけた言葉は、彼という円錐の上を、するりと滑っただけだった。
感情を爆発させた私に向かって、彼は、落ち着いた口調で言った。
 
「先生、初めて怒ったね」
 
これには参った。
私の怒りが炎なら、彼の冷静さは冷水のように、燃え上がる炎を小さくした。
今の私では、何を言っても彼の心を動かすことはできないだろう。
 
もう、なりふり構っていられない。
 
彼を帰して、去年の担任に自分の失態を話して助言を求めた。
修学旅行のことよりも、人の親切を素直に受け取れない彼のメンタルが心配だった。
一緒に考えてもらったが、彼の気持ちも、これからどうしたらいいかもわからなかった。
 
追い詰められた私が次にとった行動は、振り返ってみると常軌を逸していた。
私は、彼の母親に電話をかけ、これまでのいきさつを全部ぶちまけたのだ。
 
「それで今日、申し出てくれた男子生徒にお礼を言う場を設けたんです」
「はい」
「そうしたらA君、
『部屋には荷物だけ置いてくれればいい。廊下で寝るから迷惑はかけない』
なんて言うんですよ!」
「まあ、そう言うでしょうね」
 
この日、二度目の冷水を頭から浴びた。
彼の母親の冷静で落ち着いた口調は、私の心を完全に鎮めた。
そうなのか。
私には全く理解不能だった彼の言動は、母親から見れば「そう言うだろう」と予測がつく程度のことだったのか?
 
「お母様からみると……A君の態度は驚くようなことではないと?」
「そうですね。もともと、人付き合いが苦手なんです。学校へ行くのも大変そうで、中学の頃は、よく休んでいました。今でも、朝お腹が痛くなったりして、家を出られるかどうかハラハラしています。私としては、休まずに学校へ行っているだけで、もういいかなと思っています」
 
電話の向こう側で、淡々と語る彼の母親の姿が目の前に浮かんできた。
きっと、彼と同じようにスレンダーで姿勢がよく、凛としているのだろう。
そして、世界の誰が何と言おうと、息子のことを信じている。100%の味方だ。
登校しているだけでいいと肯定できるなら、成績が悪くても、友達がいなくても、修学旅行の部屋が決まらなくても、大した問題ではないと思えてくる。
 
いや、このお母さんなら中学の頃の彼も受け入れていたのだろう。
学校を休んだっていいのだ。彼はきっと、それで救われたのだろう。中学時代、母親が心配し過ぎず、見守ってくれたおかげで少しずつ回復してきたのかも知れない。
彼は今、小さかったタケノコが大きく伸びていく真っ最中なのかも知れない。タケノコは円錐だが、いつかそのうち竹になる。今はとがった態度しかとれない彼も、そのうち周囲への当たりが竹のように丸く滑らかになるかも知れない。
そう思ったら、私の心もしだいに彼に寄り添い始めた。
 
円錐のようにとがった彼は、今のクラスに馴染めていない。
でも、そのとんがりが彼の個性であるのなら、他の生徒の形に合わせてとがった部分をねじ曲げる方が、彼にとっては辛いのだ。
お礼を言ってまで、どこかの班に入りたいとは思っていなかった。
クラスメイトに迷惑もかけたくない。
きっと、そういうことなのだ。
 
学級委員長には悪いことをした。
一人でいるより、どこかの班に合流した方がAも嬉しいだろうと勝手に想像したのは私だ。お礼を強要したのも私だ。
失敗だ。
それぞれに謝って、彼らが納得できる道をもう一度探そう。
他の先生方に叱られるような部屋割りになっても仕方ない。
そう、腹をくくって、彼ら自身に考えてもらうことにした。
委員長もAも納得できる方法を探して欲しいと伝え、あとは任せてみた。
 
3日後、Aは書類上、委員長の班に合流した。
ただし、同じ班でも移動するときだけ時間を合わせ、目的地へ着いたら別行動にすることで合意したらしい。そんなことは学校として認められないが、私は気がつかないふりをした。
まさか、そのことが修学旅行当日に、大きな意味をもつことになるなんて。
 
修学旅行は3泊4日だった。
班別行動は2日目で、その晩から、Aは委員長たちと同じ部屋で泊るはずだった。
でも、そうはならなかった。
 
「A君、ちょっといい?」
私は、担任として緊急対応を終えると、Aを探して呼び止めた。
 
「はい、なんですか」
「今日の班別行動、一人で行動してたよね」
「そうですよ。先生、それでもいいって言ってましたよね」
Aが身構えるのがわかった。
 
「責めてるわけじゃないの。別行動は、結果的に良かったのよ」
「何かあったんですか?」
「A君以外の5人が、集団で校則違反したのよ。それで、この先は他の生徒と分けて、生徒指導の先生と一緒に行動することになりました。部屋も変わって、先生たちと一緒になるの」
「えっ? それじゃ、もしかして僕の部屋は……」
「6人部屋を、A君が一人で使うことになるわ」
「へぇ、そんなことになるんですね」
「あの時、あなたを無理やり委員長たちの輪に入れなくて本当によかった。まさか、こんなことになるなんて……」
「まあ、そんなもんですよ」
 
Aは、控えめに嬉しそうな顔をした。
修学旅行先で、Aにこの笑顔を与えたのは、彼の100%味方のお母さんだと思った。
慌てず騒がず、息子が友達を拒絶するなら、それさえも受け入れる静かな強さ。その態度が、担任の私の対応を変えたのだ。
 
あの時、高校生だったA君は、今では30歳を過ぎている。
きっとどこかで、真面目に働いているに違いない。
社会に出れば、一匹狼も悪くないけれど。
少しは丸くなっただろうか。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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