セルジオさん、やっぱり試合がしたいです
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:浦部光俊(ライティング・ゼミ超通信コース)
バシッ!降りぬかれたラケットから放たれたボール。スピードは…… 回転も……
どちらも大したことはないのだが、何はともあれ、サーブは入った。
それ受けるレシーブ側、軽快なステップでボールに駆け寄り、というわけにはいかない。
もつれそうな足で、なんとかボールに食らいつく、のだが、あー、やっぱり届かない。大阪なおみとは似ても似つかないけれど、これもサービスエースであることには間違いない。コート脇で見ていたぼくは、思わず叫んだ
「ナイスサーブ!今のボールめちゃめちゃ曲がりましたよ。あれは取れないっすね」ちょっとはにかみながらも、どや顔が隠せないサーブ側。レシーブ側は、拍手をしながらも、めっちゃ悔しそう。その姿を見ていると、ぼくも自然と笑顔になる。
これは、最近、ぼくが最高に楽しんでいるテニスレッスンでの一場面だ。声が出ているのはぼくだけじゃない。ほかの生徒さんたちも、コーチもみんな声を出している。心からテニスを楽しんでいて、だから、みんな笑顔、みんな自然と声が出る。
上手な人も、下手な人も、みんな同じようにテニスを愛している。みんなと一緒に過ごす時間を楽しんでいる。いやー、この雰囲気、ほんとに最高。
「じゃあ、次はぼくの順番ですね」足取り軽くコートに降り立つ。そのたびに思う、あー、この感覚、この場所に、やっと帰ってこられた。30年もかかってしまったけど、やっと戻ってこられた。やっぱりスポーツって試合を楽しむもの。練習も応援も悪くはない。でも、やっぱり試合こそスポーツのだいご味。実際に試合をやって自分で経験するから楽しいのだ。
当たり前と言えば、当たり前のことなのだが、そんな風に改めて考えたのには訳がある。それは、サッカー日本代表がオリンピックの3位決定戦で敗れた翌日のこと。何気なく開いたYahooニュース。様々な人が、なぜ日本は勝てなかったのかを論じている中、ぼくの目を引いたのが、サッカー解説者のセルジオ越後さんの唱える「補欠廃止論」だった。
その特徴はとにかく辛口。自分が育ったブラジル、そして自分が育てた日本サッカーを比較し、日本は全然いけてない、成長したいなら、まだまだやらなくていけないことばかりだという。
日本人がなんとなく受け入れているやり方に「おかしぃよ」「ありえなぃよ」と、独特のイントネーションで繰り返されると、「欧米か」ならぬ「ブラジルか」と突っ込みを入れたくなることもあるのだが、その指摘は確かに的を射ている。そして、そのやるべきことの一つが、日本スポーツ界にはびこる「補欠制度」の廃止だというのだ。
セルジオさん曰く、確かに日本のサッカーはずいぶん強くなった。日本サッカー協会の普及活動により協会への登録者数も増えている。いわゆるサッカー人口は増えているのは間違いない。ただ、「サッカーの試合に出場する人」は増えていない。
というのも、日本では試合というのはレギュラーと交代要員という一部の選ばれた選手だけが出場するものであり、選ばれなかったものは、ひたすら練習・応援をするのが普通と考えられているからだ。
どんなに大人数を抱えている学校・クラブチームでも試合に出られるのはせいぜい20人程度。残りの大多数は十年以上もそのスポーツにかかわってきたのに、一度も試合には出たことがない、ということになる。
この考え方は、日本の制度というよりも「文化」と言ってもいいレベルで、誰もが当たり前のように受け入れている。のだが、セルジオさんからしたら「おかしぃよ」「ありえなぃよ」
ブラジルだけじゃない、世界のほとんどの国でスポーツとは練習・応援ではなく、試合。試合に参加して、実際にプレーするから、そのスポーツをしたことになるのであって、応援していた、練習していた、というのはスポーツをしたこととは違う。
そして、試合の中で、スポーツの面白さや難しさがわかり、興味がさらに深まっていく。「自分にはまだまだ技術が足りないな」「あいつのあの技、どうやってるんだ」などと練習や研究の必要性を痛感し、それがレベルアップに繋がっていく。あくまで試合が中心であり、練習や研究はそのための手段。
スポーツであろうとテレビゲームだろうと、実践に勝るものなどないのは同じ。「あつまれ どうぶつの森」だって、見ているだけ、攻略本を読んでいるだけじゃ島は発展しない。自らスコップを手に取り崖を削り、海に潜り魚を捕まえて初めて前進できるのだ。スポーツだって、いや、スポーツこそ、自ら試合に出て経験しなさいと、というわけだ。
だから、日本サッカーの底上げをするには、多くの人が試合に出られるようにすることが絶対に必要。それなのに、日本では「補欠制度」が幅を利かし、試合のことがわからない補欠の数が増えるばかり。それじゃ、真のサッカー人口が増えたことにはならない。日本サッカーのレベルアップも期待できない。だから、補欠制度を廃止して、どんな人でも試合を楽しめる「場」を整備しなさいよぉ、Nintendoスイッチを買ってゲームをやらせてあげなさぁいよぉ、と言っているのだ。
この記事を読んだ時、胸が痛んだ。今から10年ほど前のこと、職場の同僚の息子さんの話を聞いた時のことを思い出したからだ。
その頃、彼は中学2年生くらいだったと思う。幼稚園の頃、家族全員で楽しめるようにと始めたテニス、その魅力にすっかりはまった彼は、その後、近所のテニスクラブに入会、試合の面白さに目覚め、中学校では迷うことなくテニス部へ入部した。
毎日の練習に明け暮れ、充実した日々を送っているんだろう、そう思っていた同僚に、ある日、息子さんがこう伝えてきたという。
「テニスなんて二度とやらない」 部活だけじゃない、家族とのテニスだってもう絶対に嫌、そう言ってラケットを捨ててしまったというのだ。
どうしたんだと話を聞くと、泣きながら、先生にこういわれたというのだ。「君のレベルだと、きっとこの先、ずっと試合には出られない」
中学校のテニスは基本、団体戦だ。選ばれたメンバーだけが「試合」に出られる。残りのその他大勢は補欠だ。毎日、毎日、ひたすら練習を繰り返し、そしてレギュラーメンバーだけが出る団体戦の応援をする。試合に出ることはない。
あんなに楽しくて、大好きで、そして、だからもっと上手になりたくて練習してきたテニス。でも、そんな自分はレベルに達していないから、試合には出ることができない。試合に出られないのに、テニスを続ける意味なんてない。
「家族とのテニスもやりたくないって。家族の楽しみが一つ減っちゃったよ」 同僚は寂しそうにそう語っていた。
あの子は今もやっぱりテニスが嫌いのままなのだろうか。上手じゃなくても、試合に出られる環境だったら、今でもきっとテニスを心から楽しんでいたんじゃないだろうか。そんな思いが止まらなくなった。そして自然と自分のことにも思いが及んだ。
ぼく自身、高校時代、かなり真剣にテニスに打ち込んできた。決して強くはなかったのだが、所属していたテニス部は県下の強豪校。練習はかなりハードで、レベルの低いぼくは振り落とされないように食らいついていくだけ。それだけで精いっぱい。まさに「補欠」の立場だった。
当時の目標は強くなること、上手になること。ほかに選択肢はなかった。練習はきつく、楽しかったとはとても言えない。
じゃあ、なぜ続けていたのか。それはもちろんテニスが好きだったからだ。相手とボールを打っているだけでも楽しい。試合となれば、いろんなことを考えながら、ポイントを取ったり、取られたり、勝っても負けてもテニス自体が楽しかった。幸い、高校のテニス部には個人戦があり、下手くそのぼくにも試合をする場は与えられていた。
ただ、テニスが好き、その気持ちに正直になれることはなかった。ぼくのようなレベルで、テニスが好きだなんて、おこがましい、好きと自信を持って言えるのは、トップレベルで真剣にやっている人たちだけ。そんな風に思っていた。そして、いつも心の片隅で罪悪感を持っていた。「部活」それはそういう場所じゃない。こんなに下手くそなぼくが、テニスが好きだ、テニスは楽しい、なんていってはならないのだ、と。ぼくはすっかり「補欠マインド」に囚われていたのだ。
その後、大学に進学したぼくはテニスをやめた。テニスを続けたい、その思いはあった。ただ、また、あの雰囲気の中でテニスをやるのかと思うと怖かった。うまい人と下手な人の明確な線引きがあり、どうしたって自分は下の部類にしか入れない。そして自分に求められる役割は、テニス自体を楽しむことではない。与えられるのは、練習に耐えること、たとえ試合に出られなくても献身的に上手な人たちのサポートすること、そして、テニスが好き、テニスが楽しい、そんな気持ちをひた隠しにすること、そんな「補欠」しての役割だ。
かといって、自分が活躍できるような環境を選ぼうという気持ちにもなれなかった。大学生のぼくが所属できたテニス部、テニスサークルはどこも同じようなもの。うまい人、下手な人、レギュラーと補欠という構造からは逃れられる気がしなかった。場所さえ選べば、自分は試合に出られたのかもしれない。でも、かつての高校時代のぼくのような、そして、同僚の息子さんのような「補欠」でいる人がたくさんいる、その状態に耐えられそうもなかったのだ。
ぼくが求めていたのは、ただ単純にテニスを楽しむこと。上手いも、下手もひっくるめて、好きだから、楽しいから、だからテニスをやりたい、ただそれだけ。でも、当時のぼくに、大きな声でそういえる場所を見つけることはできなかった。
今ならわかる。あの当時、ぼくの視界はものすごく狭かった。本気で探し求めれば、純粋にテニス自体を楽しんでいる人は見つかったはずだし、補欠制度なんてものとは全く無縁の環境だって絶対にあったはずだ。でも当時は、ぼくの気持ちは完全に囚われていた。テニスとはレギュラーと補欠、そのどちらでやるものなんだと。そして、その後30年近く、ぼくはテニスをすることはなかった。
転機が訪れたのはつい一年ほど前のこと。運動不足が気になり近所のスポーツクラブの様子を見にいくと、併設されたテニスコートあった。何気なくコートの様子に目をやると、みんな表情は真剣そのもの、でも、そこには深刻さはない。笑い声にあふれ、とにかくテニスを楽しんでいる。練習も試合も、とにかくずっと笑顔。クラスはレベル分けされているとはいえ、実際のところ、個人差はかなり激しい。にもかかわらず、誰もがそれを受け入れている。そこにはレギュラーと補欠なんてなかった。だれもが、ただのテニスプレーヤーだった。
なんだか新鮮だった。ぼくが今までやってきたテニスとは全然違っていた。そして、素直に思った、テニス、やりたいな、と。ぼくは、その場で入会を決めた。
実際のところ、最初は不安だった。うまくなじめないんじゃないか、体育会的な深刻な空気がどこかで出てしまうんじゃないか、と。でも、そんな心配は無用だった。とにかく誰もが明るくて、楽しんでいる。ナイスショットにも、しょぼいミスにも、みんなで大笑いして、拍手拍手。ぼくの気持ちも知らない間に緩んでいた。周りにつられて大声で笑い、笑顔でプレーしていた。そして、自然と声が出た。
「ナイスサーブ! じゃあ、次、ぼく、行きますね」 わくわくしながら、コートに降り立った時、体中に浸みわたるのを感じたのはこんな気持ち
「あー、そういえばそうだった。テニスってこんなに楽しかったんだ」 ぼくはやっと返ってこられたのだ。30年もかかってしまったけれど。純粋にテニスを楽しめばいい、ただそれだけが許される場所、レギュラーも補欠もない、全員が試合に出て、自分なりに自分を楽しむことが許される場所にやっと戻ってこられたのだ。
そう、ぼくは30年もかかってしまったのだ。いまさら、当時のスポーツ、部活の在り方について文句を言いたいわけじゃない。ただ、正直、30年は長かった。もっと早く、純粋にスポーツを楽しめる世界に戻りたかった。いや、戻りたかったというのは違う。
ぼくがテニスをやり始めたときに感じたこと。それは「楽しい」 初めて試合をした時の緊張感と、ワクワク感は今も覚えている。そして、楽しいから続けたいと思った。楽しいからもっと上手になりたいと思った。ただ、その「流れ」みたいなものは、途中で途切れてしまった。
今、この「楽しい」という世界に戻ってきて思う。この「流れ」は、途切れてほしくなかった。枯れてしまったと思っていた流れが復活したのは、もちろんうれしい。でも、やっぱり途切れてほしくなかった。ずっとテニスを好きでいられたらよかったのに、そう思う気持ちはぬぐい切れない。
今、あの同僚の息子さんはどうしているだろうか。ぼくと同じように、「流れ」に戻れていたらいいのに。そして、これからスポーツに関わる人たちが、ぼくたちのように、レギュラーと補欠、そんな構造にとらわれないで、純粋にスポーツを楽しむ「流れ」に乗っていけたらいいのに。「みんなで試合して、楽しんじゃえばいいのにぃ」セルジオさんの声がこだました。
***
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