メディアグランプリ

声にならない声を聴きたい~あの日、私に謝った患者さまのご家族へ~


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:林明澄(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「先生に大変失礼なことをしてしまいました。てっきり看護師さんだと勘違いして……。申し訳ありません、だそうです」
カルテを記載していた私は、患者さまのご家族からの伝言を看護師に告げられた。
 
その少し前、私は、腹痛を訴えて救急外来を受診したご高齢の患者さまを担当し、ご家族に詳しい話を伺っていた。ご家族は、かかりつけの診療科で長期に処方されている薬が腹痛の原因なのではないかと心配していた。マーカーや書き込みがぎっしりのお薬手帳を見せ、「この薬の副作用で腸が穿孔(穴が開くこと)することがあると書いてある」「この薬もその薬も副作用に“腹痛“と書いてあるが、そのせいではないか。この薬を飲み続けていいのか」と口にした。
その後も、過去のお薬のページも開き、「ついこの間も、この薬の副作用なのか今まで訴えたことのないめまいを言い出したので、薬を変えてもらったんですよ」「この薬はアレルギーがあるので使えないのだけど、まさか使ってはいないですよね?」と、矢継ぎ早に話された。
辛そうな患者さんを見るご家族は不安だろうな、と私は話を聴きながら思った。この少々強めな口調はそこから生まれているのだろうと。
 
私たちは、しばしば救急外来でとても不安そうなご家族に遭遇する。不安でいっぱいの顔も、多くは検査結果を説明するとほっとした顔に変わる。まるでライトがオフからオンになるように明るくなる。そういう方を多く見ていたからこそ、私は失礼な態度だとは思わなかった。
 
ちなみに、どんな薬であっても、副作用が起こる可能性は0ではない。私たち医師は、薬を服用した際のリスクとベネフィット(効果)を比べ、有益性が高いと考えるときに処方する。加えて、副作用を起こりにくくする薬(例えば胃薬とか整腸剤とか)と一緒に飲んでもらったり、患者さまの状態や既往歴(今までにかかった病気)に合わせて、投与量を調整したりする。
インターネットや薬の説明書には、可能性の高いものから低いものまで起こりうるすべての副作用が書かれている。それを一般の方が読んで不安になるのも無理はないと思う。
 
医療現場には体の中を検査する機械があるけれど、それらは家庭にはない。だからこそ、体調が悪くなったら、体の中で何が起こっているのだろうか、大きな病気になったのではないか、命に関わる病気なのではないかと不安になる気持ちはよくわかる。
 
ご家族の不安を一通り聞いた後、私は診察・検査を行った。救急外来にいる間に腹痛は改善し、検査結果も緊急性を要する状態ではなかったため、週明けにかかりつけの病院を受診していただくこととなった。
けれど、次の患者さんの診察をしている間も、私の心には冒頭の言葉がずっしりと残っていた。違和感の理由が知りたいのに、考えれば考えるほど言葉が頭の中でぐるぐるした。
 
私が特に気になったのは“看護師さんだと勘違いして……”という部分である。
 
誤解無きよう断っておきたいのだが、私は「医師である私を看護師だと誤解するなんて失礼だ!」と腹を立てた訳ではない。
 
患者さまやご家族には、看護師には伝えるのに医師には言わないことがあると知り、衝撃を受けたのだ。
 
「うーん、お医者さんに治療の不満を言ったら治療方針に響くかなって思うんじゃない?」
「お医者さんのことを“お医者様”だと思っている人は少なくないと思うよ」
一連の話を聴いて母は言った。
 
医師に対して伝えるのは”失礼“だと思うことを、看護師には言えるのか。
それは、医師が“お医者様”であり、多職種より上の立場だという感覚から出てきた発言なのだろうか。
 
学生時代、私は様々な場所で“チーム医療”という言葉を耳にした。チーム医療は、それぞれの職種の専門性を活かして連携し、患者さんに貢献することを指す。
患者さんのために、という思いはどんな医療者も同じで、職種間や医師患者間に優劣はない。治療方針の決定をする医師が、看護師さんに処置などをお願いすることは多いが、だからといって医師が優れている訳では無い。
医師が三角形の頂点に立ち威張るチーム医療は古典的で古い考え方だと思っていた。けれど、どうやら“もう廃れた過去の話”では無いようだ。
無自覚のうちに優位な立場に押し上げられて、相手の状況や感情に気付けなくなっていたことに気付き、私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 
患者さまには見えていないかもしれないが、看護師には看護師の専門性がある。
 
精神科病院で研修していた時、私は統合失調症の患者さまが自分の持つ病気について学ぶ会に参加した。統合失調症は、こころや考えがまとまりづらくなってしまう脳の病気で、幻聴や妄想、意欲低下など様々な症状を来す。多くは継続的に服薬することで症状なく生活することができるのだが、症状が消失した後に治療を中断、再発してしまう方も多く、正しい疾病理解が必要となっている。
このワークショップでは、自分の病気や症状について患者さんに話し合ってもらうのだが、その中で若い女性が「私にとって“統合失調症”は、周りに迷惑をかけてしまう怖い病気です。医師から病気について聴いた時、こんな怖い病気になってしまったんだとショックでした」と話した。発言の内容とは裏腹に、笑顔と明るい口調で話す彼女に、私は気持ちの整理ができているんだという印象を受けた。
しかし、平気な顔で話していた彼女が、その笑顔の裏に痛みを抱えていたことを、私はその後看護師さんから聞いて知った。終わった後に自分の病室で彼女は泣いていたとのことだった。
患者さまが患者さま自身の抱える病気について話す時、看護師さんは些細な表情から心情を読み取った一方で、私は彼女の心の痛みに気づけなかった。
 
患者さんのすぐそばにいて、小さな変化や気持ちの揺れ動きに気付いてくれる看護師さんに、私はたくさん助けられている。そういった看護師さんの気づきが治療方針に影響を与えることは少なくない。
 
看護師だけでなく、それぞれの専門性があって医療現場は成り立っている。
 
もし、こんな風に立場が故に見えなくなってしまうものがあるのならば、私は声にならない声を聴ける医師でありたい。いや、実際に聞くことができなくても必死で耳を傾ける医師でありたい。
それは聞こうとしなければ聞こえることのない声だと思うから。
 
崇め奉られるのではなく、多職種や患者さまとコミュニケーションを取りながら二人三脚で歩む医師が、私のありたい姿だから。
 
今回の謝罪は、医師1年目の私にそんな気付きをくれたのだった。
 
 
 
 
***
 
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2021-09-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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