妖怪ホテル
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:Hisanari Yonebayashi(ライティング・ゼミ平日コース)
ホテル勤務4年目、僕は朝から宴会場で開催される会議の担当で早めの出勤をしていた。
25名が四角く囲むようなスタイルで会議をしていた。
それは優秀なセールスレディたちが全国から選抜されて出席している生命保険会社の宿泊研修会だった。
朝からのプログラムは大学の心理学部教授を呼んでの講演会だった。
なるほど、セールスレディもステージが上がると色々な難しい勉強をしなければいけないのだと感心しながら聞いていた。
僕の両サイドには大介と小森の2人がいた。
大介は僕より2つ年下の同期入社。
ぴっちりと七三分けされた腹話術の人形によく似た顔をした男だった。
口角からアゴに向かって二本の線を書いて良く人を笑わせていた。
小森は中途入社1年目、年齢は大介の1歳年上。
スリムを超える細い体形で、ずり落ちる眼鏡を左手で上げながら覇気のない返事をする、さながらマッチ棒に蝶ネクタイといったような男だった。
残念ながら、どちらもウエイターとしては致命的なトレイさばきが苦手という二人であった。
午前9時になったらコーヒーをお客様にお持ちするのが本日の第一ミッション。
嫌な予感しかしない僕はとにかく面倒な事が起きないようにひたすら準備をした。
コーヒーカップ、受け皿、スプーン、砂糖とミルクを配りやすいように大きめのトレイに並べた。
僕が12客、大助が7客、小森が6客運んでミッションはコンプリートする予定だった。
業務用の大きなコーヒーマシンから鼻をくすぐる様に良い香りが漂ってくる。
調理台の上にはトレイの上に綺麗に並んだ合計25客のコーヒーカップ。
準備は万端だったが僕の心は不安に包まれていた。
さらに言うなら、何故だか、ぶるっと悪寒が走るくらいの恐怖が僕を支配していた。
「すみません。マイクの調子が悪いのですが」
生保の会議担当者がやってきた。
僕は音響室に入った。大きな問題はなく、接触不良だったようで、マイクを交換すると不調はなくなった。
僕はしばらく音響室で様子を窺っていた。
そして会議場に戻り確認作業をしていた。
その時、コンコン
宴会場の大きな観音開きのドアが開いた。
へっぴり腰の二人が尻でドアを開けながら入場してきた。
「失礼します!」
会議中などお構いなく、講演者のお話し中に大介の大きな声が聞こえた。
年上の後輩、小森にいいところを見せようとしているようだが、とんだ場違いである。
と同時に二人のトレイには僕の分まで搭載され、許容範囲を超えた量のコーヒーカップたちが身を震わせている。
カチャカチャ
カチャカチャ
しまった!
時計を見ると午前9時。
僕が戻るまで待てと言っておけばよかった。
時すでに遅し。
恐怖の音はさざ波の様にゆっくりと近づいてきた。
大介の後ろからはもう一人の演奏者、いや、ウエイターが
カチャカチャ
カチャカチャ
と同じ音を立てながらやってきた。
「アッチャァー」
「絶望」という大きな文字が脳天にぶつかってきたような衝撃を受け僕の思考能力は完全にストップした。
陶磁器とスプーンによるダブルセッションだ。
その音色は人々を不安に陥れる最強の不協和音だった。
二人は正面など見ることもなく、トレイのコーヒーカップを凝視し、険しい表情をしながら、内股で、しかも一歩15cm程度のスピードでソロリソロリと会議テーブルににじり寄ってきた。
カチャカチャ
カチャカチャ
カチャカチャ
カチャカチャ
腹話術の人形がしかめっ面で、その後ろからは眼鏡をかけたマッチ棒が無表情で、小刻みに音を立てながら近づいてくる。
講演者のマイク越しの声が不安で途切れ途切れになってきた。
決して、マイクの不調ではない
それはまるで真夏のホテルイベント
「妖怪ホテル」
と名付けたくなるような光景だった。
もし、これがホテルアトラクションで僕が光線銃を持っていたら。この妖怪二匹を二度と立ち上がれないように撃ちまくっていただろう。
しかし、それはアトラクションではない。
彼らにとっては紛れもない真剣勝負なのである。
25名の視線が二匹の妖怪に集中した。
静まり返り、時が止まったような会議場。
妖怪二匹だけがゆっくりと動いている。
カチャカチャ
カチャカチャ
カチャカチャ
カチャカチャ
妖怪は個々にコーヒーを配ろうと二手に分かれて移動し始めた。
全国選りすぐりの生保のおばさま達は朝からお揃いかのように一張羅のシャネルスーツを着ていた。
その耳元でホットコーヒーが波々入ったカップをカチャカチャやられたらたまったものではない。
「あらあら! まあまあ! 危ない! 危ない!」
当然会議は中断され、軽いパニック状態。
慌てた担当者はコーヒーをトレイごとテーブルに置くよう指示してきた。
まさにコーヒーブレイク……。
休憩の予定はなかったがコーヒーはセルフサービスになって、休憩時間となった。
「お前がいなくなるから悪いんだよ」
大介が僕に責任を押し付けてきた。
「あのぉ、明日のコーヒーはセルフサービスで結構ですから」
会議の担当者が参りましたね。といった表情で僕に言った。
「大変申し訳ございません」
謝罪する僕の後ろで真っ先にトレイをテーブルに置いて会議場を去った大介が小森を指導していた。
「お前さぁ。トレイの持ち方が基本的に分かってないよな」
小森は「はぁ」と眼鏡を左手で上げながら覇気のない声で答えていた。
「明日はちゃんとやれよな」
大介が小森の肩パッドを叩いた。
君たちには明日はない!!
この時、もし僕が犬だったら、二人を骨が砕けるまで噛んでいただろう。
しかし、僕はなぜか、これだけのゾクゾクした恐怖感、一生笑えるイベント(?)を明日は見られないという寂しさも少し感じていた。
もしかすると僕はけっこう妖怪好きなのかもしれない。
次、この二人が織り成すホテルイベントがあるとするなら、できることなら当事者ではなく参加者としてイベントを見てみたいと切望するのだった。
***
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