メディアグランプリ

僕がメルセデス・ベンツにこだわる理由


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:杉下 薫(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 

───メルセデス・ベンツが欲しい。───

 
8月某日、照り付ける日差しのもと僕は田舎の山道で汗を滴らせ自転車を漕ぎながらそう思った。
僕は今年の3月半ばに急遽就職が決まりそれまで約三十年弱続けた東京の実家暮らしに別れを告げ、何もない田舎町で一人暮らしをすることになった。
東京生まれ東京育ちの僕は実家に車がないのが当たり前で特に不便なく30年近く住んでいたが、ここに来てからは車がないといちいち不便だ。買い物は自転車のカゴに入るぶんしか買えないし、自転車で行ける範囲だと手に入るものにも選択肢が限られる。コロナ禍で人と会う機会が制限されているとはいえ、人と遊んだりデートするにも車は必需品の地域であり、雨だと外出すらままならない。
東京と違い歩道と車道の間隔が近くガードレールなどもないため、この前はデート直前に車に水をかけられびしょ濡れで行くことになってしまい、上司から言われた「ここじゃ人間らしい生活がしたいなら車は必須だ」という言葉を思い出した。僕は入職してから人間らしい生活をしていなかったようだ。
 
そうなると当然車が欲しくなってくるのだが、やはり値段がネックとなる。年齢はくっているが年功序列の勤め先にやっとこさ新入りとして入った僕が現状見込める年収は約300万円で貯金も200万円もない。普通に考えれば軽自動車か、国産のコンパクトカーがやっとだろう。(ちなみに軽自動車やコンパクトカーを悪く言うつもりは決してない。いずれも不動産営業の時に乗ったがとても運転しやすい素晴らしい車だ)
 
それとは正反対にドイツが生んだメルセデス・ベンツと言えば高級車の代名詞だ。車に詳しくない人でも知っている絶対的なネームバリューがある。
そんな車をこの4月まで無職だった僕が買いたいなんて傍から見たら「何をそんな無茶を」や「身の程を知れ」と思うのが当然だ。仮に中古で安く購入しても維持費や修理費は国産車よりも高くつくだろう。
そう思い他の車も検討してみた。ただ、僕はそれでもやはりベンツが欲しいと思うのはなぜか。
 
───車とは思い出である───

「おぎやはぎの愛車遍歴」のゲストの一言ではない。CMのありふれたキャッチコピーのようでもあるこの言葉だが、これは今まで車を持ったことがない僕が、わざわざ罫線をいれ中央揃えで強調するほど実感していることでありこれこそが僕がメルセデス・ベンツにこだわる理由だ。
 
2年前、転職先を突如解雇された僕は夜も眠れず、ベッドから起き上がる気力もなく1日中天井を見つめるばかりの生活を送っていた。
そんな僕を見かねてか、はたまた自身も無職の期間があったからなのか、叔父は自分の趣味である釣りやドライブへ僕を連れて行ってくれた。その時の車がメルセデス・ベンツだったのだ。叔父は夜釣りが好きで平日休みのため、平日の日付が変わる頃ベンツに乗り込む。妙な背徳感と優越感に心が高揚したものだ。なにも悪いことをしているわけでもないのにこうした感覚になるのは車の力だと思う。釣りはしたこともなかったため釣り具を組み立てることも叔父任せだし、自身が釣れたことはほとんどなくいわゆるボウズ続きだったが、水平線から徐々に顔を出す太陽と朝焼けに染まる空を見ると、将来への不安や絶望で暗くなった心にも光がさしていくような気持ちになった。
 
また、高校時代の友人たちとこの車でバーベキューをした際には皆僕がベンツに乗っていることに驚いたし、ベンツに乗れることに喜んでくれた。この時に自分が解雇された事を話したら、在学時は特に親密でもなく卒業以来初めて会った友達にまで大爆笑され、こうしたことを包み隠す必要もなく話せる友人の存在に感謝したものだ。
それ以前には当時交際していた彼女の誕生日にこのベンツでドライブしたときにも大いに喜んでくれたし冷え切っていた彼女が惚れ直してくれたのも感じた。特に、デートではよく行っていた銀座の夜景もベンツから臨むとまるで別の国の景色のように幻想的に感じた。ただ、その直後にその彼女とは別れ1年たたないうちに向こうは結婚していたのでそれは本当に幻想だったのかもしれないが……
 
それから数年後、僕は長年受験していた公務員試験にやっと合格し社会復帰を果たしたが辛い時期の支えとなったベンツはもう叔父の手元にない。
製造から20年近く経過していることもあり維持費や修理費がかさむため叔父が手放す決意をしたのだ。
叔父はかねてから僕に譲ってくれると話していたが、当時無職だった自分に所持できたわけもなく、当時叔父が中古300万で購入したメルセデス・ベンツはたった30万で叔父の手元を去ってしまった。
当時の叔父はとても名残惜しそうで今でも「俺に車買ってくれよ」と冗談で言うことがある。
もう少し自分が早く合格していれば……と考えると苦い気持ちになる。
車とは思い出であると述べたが、こうすると思い出を失ってしまったようだ。
 
だが、僕は先日、とうとう念願のメルセデス・ベンツを購入することができた。コンパクトなモデルかつ6年落ちのため、コミコミ180万円と下手をすればフルオプションの軽自動車よりも安いが、今の僕にはこれでもとても贅沢だ。しかも、叔父が好きと言っていたクーペスタイルの車が買えたのはとても嬉しい。叔父の誕生日にはこの車で迎えに行き、乗せてやったり運転してもらうつもりだ。
本来なら単なる移動手段である車にも、そこにストーリーがつくと思い出になる。この車に色々な人を乗せ、色々なところに行き、たくさんの思い出を作りたいものだ。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2021-09-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事